《死後の臓器提供はアメリカの約100分の1》海外に比べて臓器移植が少ない日本の医療現場 渡航しての臓器移植には多額の費用…“経済力の有無”で命が選別される現実

日本はいまや国民1人あたりの名目GDP(国内総生産)は、OECDに加盟する38か国中22位。もはや先進国ではなく“中流国”へと没落した日本にやがて訪れる「命の格差社会」。実は国内で格差が生まれるよりひと足早く、臓器移植においては世界との格差がすでに生じているという。ほかの先進国では助かる命が、日本では助からない──臓器移植の待機者たちは、そんな残酷な現実を突きつけられている。
日本で移植が進まないのはなぜなのか
「日本臓器移植ネットワーク」によると、2023年にアメリカは約1万4000人が死後に臓器提供をしているのに対し、日本での死後の臓器提供件数はわずか149件。年間約1000〜2500件のヨーロッパ諸国や韓国の483件と比較してもはるかに少ない数字だ。
そのため日本では、臓器移植を希望する患者(レシピエント)は、臓器提供を希望する人(ドナー)が現れるまで何年もの間、待ち続けなければならない。
「移植希望者が多い腎臓の待機年数は、約15年にも及びます。人工透析を受けながら順番が来るのを待つ間に、合併症を発症し亡くなってしまうのが現実です。レシピエントが子供となれば体が小さいため適合するドナーを見つけるのが難しく、子供優先のルールはあるが待機期間も長くなる。当然、医療費もかさみます」
こう話すのは湘南鎌倉総合病院腎臓病総合医療センター長の日高寿美さんだ。
日本では1997年に臓器売買を防止する観点から「臓器移植法」が制定され、臓器提供には本人の書面による意思表示と家族の承諾が必要という厳しい条件がついた。その後2010年に改正法が施行され、本人に拒否の意思がなければ家族の承諾により臓器提供ができるようになったが、ドナー数はわずかにしか増えていない。
海外と比較して、はるかに数が少ない理由のひとつに「死の定義の違いにある」と日高さんは指摘する。
「臓器提供が進んでいる国では“脳死=死”という考え方が基本になっています。一方日本では、心停止でなければ法的には“生きている”ことになる。臓器提供のときのみ脳死も死として法的に認定されますが、家族にとっては脳死状態を死として受け入れがたい側面があるのです」

もうひとつの理由は、医療体制の遅れだ。数多くの臓器移植を手がけてきた東京女子医科大学病院移植管理科教授の石田英樹さんならびに泌尿器科教授の高木敏男さんが言う。
「例えばアメリカではご遺体が出ると、その病院で提供できる臓器を摘出し専門の運搬業者が運んでくれる。レシピエント側の病院はそれを受け取って手術するだけでいいのです。
日本ではそうしたシステムが確立していない。移植手術をする医療チームは脳死患者が出た施設まで出向いて臓器を摘出し、自分たちの病院へと運んでからようやく移植手術に取りかかることになります」
手間と労力がかかるうえ、その間の人件費も加算される。費用がかさむのは人件費だけではない。心臓移植を待つ子供にとって「希望の光」ともいえる小児用補助人工心臓「EXCOR(エクスコア)」が日本では2015年から導入されているが、1台約3700万円とかなり高額で、導入する病院の負担は少なくない。
「臓器移植は高度な技術を伴うだけではなく、多職種がかかわってようやく実現することができます。待機期間や手術前のケアはもちろん、術後の管理も含めて一丸となって治療していく。人件費や必要な設備費を考えると、日本の診療報酬が充分とはいえない部分があるんです。だからこそ、医療従事者や病院の使命感に支えられて行われているのです」(日?さん)
「脳死=死」とする概念が根づかないためドナーが増えず、システマチックな医療体制が整わないから移植件数が伸びない——この悪循環が招くのが「移植外科医を志す医師の海外流出です」と日高さんは続ける。
「今後、国内の移植外科医はどんどん減っていくのではという見方もあります。日本では手術の症例があまりに少なく、移植外科の分野でのキャリアアップは考えにくい。でも移植手術数が多いアメリカに行けば、1日に数回は手術ができる環境が整っています」
貴重な移植外科医が日本での活躍を諦めて海外に行ってしまうとなれば、ますます世界と日本の格差は広がるばかりだ。
移植を求めて海外渡航しても命の保証はない
いつ来るともわからない臓器移植の順番。医療を尽くして延命はしても、待っている間に命を落としてしまうかもしれない……。そんな不安から、わらをもつかむ思いで海外に渡航する患者もいる。
2008年に国際移植学会で「移植が必要な患者の命は自国で救う努力をすること」という主旨の「イスタンブール宣言」が出されたことを受け、外国人への移植を禁止する国も増えたため、海外で臓器移植を受けるのは狭き門だ。
それでも厚労省が2023年6月に発表した実態調査によると、海外で臓器移植を受けて国内の医療機関に通院している患者は、同年3月末時点で543人に上る。渡航先は外国人も合法的に手術を受けられるアメリカが最も多くて227人、次いで中国175人、オーストラリア41人の順だ。
しかし、渡航したからといってすぐに移植手術が受けられるわけではない。ドナーが出るまで待機しなければならず、保険もきかないためかかる費用は膨大だ。
「例えばアメリカで心臓移植を受けるとなると、渡航費用とその前後の医療体制の管理、付き添い人の滞在費を含めて3億円から5億円くらいかかります。待機期間が長ければさらに費用がかさむケースもあります。

いまは円安の影響で費用はさらに上がっているかもしれません。多くの命が“経済力の有無”によって選別される現実があるのです」(日高さん)
これほどの費用を個人が捻出するのは困難なため、子供の心臓移植ではクラウドファンディングなどで資金を募るケースもある。
費用が工面できたとしても、海外での臓器移植には国内での移植以上に「身体的なリスクが伴います」と話すのは臓器移植コーディネーターの中山恭伸さんだ。
「飛行機での渡航となれば、気圧の変化や長距離移動に耐えなければならず、体に負荷がかかります。しかも渡航先のリストに載せてもらって順番を待つことになるので、“行けば必ず移植できる”というわけでもありません」
医療体制がいますぐ整うことは期待できない状況で国内でのドナー数を増やし、欧米諸国の水準に持っていくためにはどうすればいいのか。中山さんは「一人ひとりの意識の変化」が必要だと話す。
「臓器提供は、移植を受ける人のためだけの医療ではありません。提供する側の家族へのケアでもあるのです。ただ亡くなってしまってはあとに残るものはないですが、もしドナーとして臓器を提供することができれば“臓器だけでもこの世の中のどこかで生きている”と思うことができる。それは残された家族にとって希望の光になります。
そうしたことを理解し、臓器提供という選択肢をきちんと話してくれる医療従事者も増えてきています」
世界から大きく後れをとっている日本の臓器移植の実態。日本が世界に取り残される「命の格差社会」はもうすでに始まっているのだ。
※女性セブン2025年6月26日号