《60才「老化の壁」の乗り越え方》「60代は病気の見本市」心身ともに下り坂であることを受け入れる“意識改革”が重要 参謀としての「かかりつけ医」を見つけることも

「すぐに息が上がる」「人の名前が思い出せない」「のむ薬が増えた」……年齢を重ねれば当然、体力や認知機能などは衰えていくものだが、その老化の速度にはターニングポイントがあるという。それはずばり60才。元気で生きられるか、衰えていくばかりか──「老化の壁」を乗り越えるヒントを探る。【前後編の前編】
人は年齢とともに老いていくが、老化は決して平等ではなく、一定のものではない。
高齢者専門の精神科医として6000人以上を診察してきた和田秀樹さんは、「ターニングポイントは60才です」と指摘する。
「人間の体や脳、心の状態は、老いの入り口に差し掛かる60才を境に激しく変化して、以降は個人の差が大きく開いていきます。60才の壁を迎えるこの時期に老化を遅らせる対策をとることが、健康寿命の促進につながるのです」
実際、昨年8月に公開された米スタンフォード大学の研究論文は25〜75才の男女108人の血液や皮膚の細菌、腸内細菌などを調査して「老化は44才前後と60才前後で急激に進行する」と結論づけた。44才では皮膚と筋肉の老化や心臓血管病にかかわるリスクの増加がみられ、60才では皮膚と筋肉のさらなる老化、免疫機能や炭水化物代謝の低下などがみられたという。
「老化にとって特に重要なのが60才の壁です」
こう語るのは、熊本リハビリテーション病院サルコペニア・低栄養研究センター長の吉村芳弘さんだ。
「60才は44才に比べ、身体機能の低下が顕著になるタイミングです。加えて、定年や子育ての終了、親の介護といった社会的変化と、それに伴う精神的な変化が同時に訪れ、心身の不調が起きやすい。60才はこれまでの人生の成績表を受け取り、同時にこれからの人生の計画書を作成する重要な時期であり、ここで何をするかで10年、20年先の人生が分かれます」(吉村さん)
60才は大きな壁が現れる人生の転換期のようだ。60才までに、そして60才から何をするかが、その後の人生が「イキイキ」か「ヨボヨボ」であるかを分ける。では一体何をすべきなのか──。
エストロゲンが減少して病気が一気に表面化
まず、知っておきたいのは、60才は病気のリスクが増すタイミングでもあること。吉村さんは「60代は病気の見本市」と語る。
「高血圧や糖尿病、脂質異常症といった生活習慣病に加えて、がんや、動脈硬化に関連する脳梗塞や心筋梗塞なども60代になるとポンと増えてきます。
急に不調を感じたり、漫然と抱えていた生活習慣病が顕在化して、具体的な治療や通院が必要となるケースが多くみられます」(吉村さん)
函館稜北病院総合診療科の舛森悠さんは、「女性特有の老化」に注目する。
「60才になると多くの女性が閉経していて、女性ホルモンの『エストロゲン』が減少します。女性の健康の強力な“お守り”であるエストロゲンが減ることで、骨粗しょう症や脂質異常症、動脈硬化や糖尿病などが一気に表面化します」
エストロゲンの減少による更年期障害も女性にとって大敵だ。
老化によって体のさまざまな機能が低下することも考慮したい。
「60才以降は視力や聴力も悪くなりやすい。特に耳の機能が落ちると情報量や刺激が減り、脳機能や社会的な衰えが進行しやすいので注意すべきです。また日常生活に影響する尿漏れや、夜間頻尿で眠れなくなるなどの尿トラブルも、昼間の活動量の低下につながります」(吉村さん・以下同)

そうした老化の壁をどう乗り越えるか。まずは、意識改革が大事だという。
「60才で心身ともに下り坂を迎えることを認めて、受け入れること。そのうえで老化とうまくつきあい、対策を講じて壁を乗り越えることが大切です。それがうまくいかないと、一直線で要介護に向かう可能性があります」
60才からの人生を分ける大切な時期を併走するのが「かかりつけ医」だ。
「60才になったら本格的にかかりつけ医を見つけるべきです。単に“病気になったから受診する”のではなく、病気にならないために、かかりつけ医に上手に相談して活用するのが望ましい。健康長寿のための参謀、パートナーとしてのかかりつけ医を持つことが大切です」
医師任せだけでなくセルフチェックも求められる。いのくちファミリークリニック院長の遠藤英俊さんは「60才の壁を乗り越えるには、何といっても予防が大事」と語る。
「最も効果的なのは血圧や体重を毎日測って、増減を記録しておくことです。すると数値が悪くなったら気づくことができて、要因を探って対策を講じやすくなり、早い段階からの予防につながります」
老化を防いで健康であり続けるため、特に重要なのが「食事」と「運動」だ。
「年々衰える筋肉や骨を維持して『貯筋』や『貯骨』をするためには栄養や身体活動が大切です。たんぱく質やカルシウムを摂取して、ウオーキングや筋トレなどを日常生活に取り入れてほしい」(吉村さん)
ただし、食事や運動にも老化の壁が忍び寄る。次項からその克服法を紹介する。
インスタントラーメンを食べるなら卵をちょい足し
食事面の老化の壁は機能低下によるさまざまな変化によりもたらされる。管理栄養士・日本抗加齢医学会指導士の森由香子さんが指摘する。
「加齢によって味覚や嗅覚、食欲の低下が起こりやすく、いつもの味に近づけようとして味付けが濃くなり、ナトリウム(食塩)摂取量が増える可能性があります。また60才になると咀嚼や嚥下機能の低下、歯のトラブル、唾液の分泌量の減少なども生じやすく、逆流性食道炎も多くみられます」
若い頃と食事量が変わらないのに体重が増えやすくなることも。
「60代になると基礎代謝が落ちて若いときと同じ食事の量でも内臓脂肪が増えやすくなります。体重測定を日課にして増減を意識することが大切です」(森さん)
人間の体は食べたものでできているだけに、食事の内容にも一層気を配りたい。
「さっぱりしたものしか食べたくなくなるのは危険信号です。たんぱく質が不足して、体重はあるけど筋力が乏しい“隠れ栄養失調”の可能性があります。もちろん、食が細くなって体重が減少するのも危なく、健康と要介護の間であるフレイルになるリスクが高まります」(吉村さん)
食事の壁をどう乗り越えるか。舛森さんは「60才からは何を食べるかが、薬以上に体を守る」と話す。
「健康長寿の源は筋肉です。日々の食事では体重1kgあたり1.2gを目安に肉・魚、大豆製品、卵などたんぱく質を豊富に含む食材を毎日食べてほしい。特に『朝の卵&チーズトースト』など、朝食でしっかり栄養を摂ると一日をアクティブに過ごせます。骨の材料のカルシウムと、その吸収を助けるビタミンDをセットにした『しらすと青菜ときのこのソテー』も理想的な組み合わせです」
さばやいわしなどの青魚に含まれるEPA、DHAは健康長寿の天敵である動脈硬化を予防する。さば缶などを積極的に食べたい。
加齢とともに食が細くなり、日々の食事は簡素になりがちだが、わずかな努力が大きな実を結ぶ。
「粗食が美徳とされたのは昔のことで、健康に長く生きるにはしっかり食べることが大事です。どうしてもインスタントラーメンを食べることをやめられなければ、卵を1個加えたり、納豆を1パック食べるといった“ちょい足し”をすれば、栄養面がリッチになります。食事を豪勢にする必要はないので、栄養をちょい足しするくらいの心持ちでいてほしい」(吉村さん)
60才からの食事は量よりも、質やバランスが重要と説くのは森さんだ。
「1日10品目を目安に多様な食材を摂ることを心がけてください。特に女性が骨密度を維持するためには、若い頃からたんぱく質やカルシウム、マグネシウム、ビタミンD、ビタミンKなどをバランスよく摂取することが肝要です。また食事の際はきれいな器を使って彩り豊かに盛り付ければ、視覚的な満足度が高まって味覚の低下による影響を抑えられます」
実際の食卓では「カーボラスト」「ゆっくりよく噛んで食べる」を意識して、食後の血糖値の急上昇を抑えることも忘れずに。


(後編に続く)
※女性セブン2025年8月14日号