
「人生100年時代」「老後資金」「老後の生き方」など、私たち人間の命は有限で、年を重ねれば避けられないのが老化だ。しかしいま、医学の進化によって、私たちの前に立ちはだかる「老化」と「寿命」に大きな変化が起きている。【前後編の前編】
昨年の日本人の平均寿命は女性87.13才、男性81.09才となり、女性は40年連続で世界1位を記録した。しかし年齢を重ねるとともに体力や気力は衰えていく。更年期の諸症状に加えて老眼が進み、腰やひざの関節痛といった体の不調が増え、病気のリスクは高くなり、肌のくすみ、しわ、シミなど見た目の変化にも抗えない。
こうした「老化」は人間だけに課せられたものだということも近年の研究から明らかになっている。
老化細胞が臓器や脳に影響
老化はなぜ起こるのか。その原因について、「体の中の細胞の一部が、正常な細胞から慢性炎症を引き起こす細胞へ変化することが重要かもしれない」と話すのは、東京大学医科学研究所教授の中西真さんだ。中西さんら東京大学医科学研究所などのチームは、2021年にアメリカの科学雑誌『サイエンス』で、老いの原因の1つとなる「慢性炎症を引き起こす老化細胞」をマウスから取り除く化合物を同定した。
「人間には300種類近い細胞が、およそ37兆個あるとされます。そのうち、神経細胞や筋肉細胞などもともと分裂しない細胞がある一方、ほとんどの細胞は分裂を繰り返しますが回数には限度がある。分裂できる細胞が分裂できなくなり『老化細胞』となるのです」(中西さん)
老化細胞は、遺伝子とも関連するという。ハーバード大学医学部客員教授で、医師の根来秀行さんが解説する。
「人間の正常な細胞分裂の回数は40〜60回ほどです。分裂を繰り返すごとに、染色体の末端にある『テロメア』が短くなり、一定の長さ以下になると分裂を停止して、自ら死滅します。この細胞が自然に死滅するメカニズムを『アポトーシス』といい、消滅した細胞は新しく分裂した細胞が補う。

ただし分裂が止まっても消滅せずに細胞が残ることがあり、それを『老化細胞』といいます。老化細胞が増えると炎症性サイトカインなどを分泌して周囲の細胞に悪影響を与え、健康状態にも悪い影響が出ます」
東京都健康長寿医療センター研究所研究部長の石渡俊行さんは、老化細胞にはいくつかの特徴があると指摘する。
「老化細胞は本来の機能を失っているのに、排出されることなく体内に存在し続けるので “ゾンビ細胞”とも呼ばれています。細胞が分裂をやめて老化細胞になると、SASP因子という炎症性サイトカインを分泌し、周囲の細胞に悪影響を与えます。細胞を動かすエネルギーを作るミトコンドリアの機能にも異常が発生するので、活性酸素が増加して身体機能の低下につながると考えられています。
ただし、細胞のDNAに大きな異常が起こったまま分裂し増殖すると、がん細胞に変化する危険がある。細胞が分裂をやめることは、がん化を防いでいるという考え方もできます」
つまり問題は、細胞が老化すること自体ではなく、体内にとどまって蓄積し、排出されないことだ。石渡さんが続ける。
「老化細胞は炎症性サイトカインなどを分泌するため、通常は免疫細胞によって除去されます。しかし老化細胞の数が増えて免疫力が低下すると、取り除くことができなくなる。すると老化細胞は生き続け、炎症性サイトカインを周囲へまき散らし続けることになります。
サイトカインは、がんを含むさまざまな加齢性疾患の発症や悪化を引き起こします。白内障、心血管疾患、脳血管疾患、糖尿病、骨粗しょう症などが知られています。肝臓や腎臓、心臓の線維化が進み、肝硬変や腎機能低下、心不全が進みやすくもなります」
認知症の原因にもなると話すのは根来さんだ。
「老化細胞が蓄積すると、慢性炎症を引き起こし、脳において不純物を取り除くメカニズムが低下します。アルツハイマー型認知症の原因ともいわれるアミロイドβやタウたんぱく質が除去されずに蓄積すると、認知機能にも影響を及ぼす可能性があります」
(後編に続く)
※女性セブン2025年9月25日・10月2日号