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【在宅医療】重要なのは「名医かどうか」ではなく「患者や家族の価値観に寄り添ってくれるかどうか」、和田秀樹氏「ハズレの医師だと感じたら、どんどん変えていけばいい」

意思を尊重してくれる在宅医や訪問リハビリ医が必要になる(写真/PIXTA)
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 病院のベッドではなく、住み慣れた自宅で最期を迎えたい──そんな願いを叶えるには、自宅で寄り添ってくれる「在宅医療」「訪問リハビリ」が不可欠だ。できる限り幸せに、後悔のない最期を迎えるためには、その意思を尊重してくれる「在宅医」や「訪問リハビリ医」が必要となる。そんな伴走者を見つけるためのノウハウを専門家に取材した。【全3回の第3回。第1回から読む

「理想のドクター」像は「ひとりの名医」か「迅速なチーム」か

「在宅医」や「訪問リハビリ医」を探す場合、地域包括支援センターやケアマネジャーなどに候補となる医療機関リストをもらったら、その中から「自分に合う医師」を絞り込んでいく必要がある。ここで、自分にとっての“運命のドクター”と出会えるかどうかが決まる。

 現在、国内の在宅医療では、緩和ケア病棟とほぼ同じ医療を受けることができる。自宅で病院と同レベルの医療を受けられるとなると、つい多くを求めてしまいがちになるが、病院の医師と、在宅医や訪問リハビリ専門職に求められるものは根本的に異なっている。

 医療法人社団焔理事長の安井佑さんは、「在宅医療で大切なのは“名医”かどうかではなく、患者や家族に伴走し、価値観に寄り添ってくれるかどうか」だと話す。

「病院では、例えば外科なら“神の手”と言われるような手術のうまい医師が求められるなど、理想的な医師の基準がわかりやすい。ところが、在宅医療は生活を診るのが専門なので、求めるものは患者一人ひとりで異なります。

 例えば、1人の主治医に24時間365日診てもらいたいという願いは物理的に叶いません。夜間や土日の迅速な対応を求めるなら、複数の在宅医がいる診療所を探すべき。自分の希望する生活に合う医師を地域包括支援センターやケアマネジャーを通じて探すこともできます」(安井さん・以下同)

在宅医の見極めポイント
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 在宅医を擁する医療機関には、大きく2つのタイプがある。

 1つは、かかりつけ医が通常の外来診療をしながら、空いた時間に在宅医療も行う「かかりつけ医併設型」。そしてもう1つは、在宅医療を専門に複数の医師がチームを組み、持ち回りで24時間365日対応する「在宅専門クリニック(チーム制)」だ。

「かかりつけ医タイプの場合、いつも外来で診てくれる先生が在宅医療もしてくれるので安心して診てもらえる半面、医師が1人しかいないため、夜間や休日の急変などへの迅速な対応はどうしても難しいことがあります」

 もちろん、たった1人でも最期まで診てくれる在宅医もいるが、医師の意向にはばらつきがあるうえ、1人の医師がすべての患者に常に対応し続けるのは難しいため、場合によっては「もう、入院した方がいいかもしれません」と、在宅医療が終了してしまう可能性もゼロではない。

 他方、チームで診る場合は、もしものときの安心感は大きい。医療法人社団悠翔会理事長の佐々木淳さんはこう話す。

「大人数のクリニックは、主治医が対応できない時間帯や治療は、別の医師がカバーします。

 ただし中には、医師の数が多すぎてどの医師に相談すればいいかわからなかったり、うまく連携が取れておらず、健康状態が把握されないケースも考えられます」

 がんなどの重病を患い、「寛解の望みが薄く、これ以上の治療は難しい」といった理由で在宅医療が始まる場合などは、急変の可能性もあるため「チーム制のクリニック」の方が安心できるかもしれない。

 一方、認知症やフレイルが進んで通院が難しくなって在宅医療を選ぶ場合は、かかりつけ医にそのまま自宅で診てもらう方が、適切な在宅医療を受けやすいはずだ。

「連携できる医師」に出会えればQOLが高まり寿命も延びる

 在宅医療において重要なのは「もっともいい医療を行う医師」ではなく「もっとも患者の求める生活を実現してくれる医師」だと、安井さんは言う。

「在宅医療で重要なのは、病気がよくなることではなく、残された人生をその病気とともにその人らしく、少しでも豊かに生きていくこと。そして、そのためにどうすればいいかを、患者と家族と一緒に考えることです。つまり、いい在宅医とは、患者のニーズに合う診療ができ、患者と話し合ってくれる医師のことです」(安井さん)

 そんな医師を見極める、重要なポイントは2つある。約20年にわたって在宅医を採用してきた佐々木さんが話す。

「1つ目は『コミュニケーション能力』。通常の病院では極端な話、病気を治すことができれば、いわゆる“コミュ障”の医師でも問題はない。ところが、在宅医では望ましくない。

 在宅医療を受ける患者さんの大半は治療困難な病気や障害を抱えており、治癒という単純なゴールではなく、“残された時間をどう生きるか”が問われている。安全のためだからと、なんでもかんでもドクターストップをかけるのではなく、治療とのバランスを見つつ、できるだけ患者さんのやりたいことができるよう、人生の満足度を上げるサポートをしていくのです。そのためには、患者さんやご家族と信頼関係を築き、話し合いを重ね、本当の願いを引き出す力が求められる」(佐々木さん・以下同)

 緩和ケアを専門に行う場では、やり場のない怒りが湧き上がる末期がん患者に寄り添い、苦痛を緩和するコミュニケーション能力も求められる。同様のスキルが、在宅医にも必須なのだ。

 2つ目のポイントは「謙虚さ」。自分が選んだ治療法を押しつけたり、看護師や介護員など、連携が必要な他職種に横柄な態度で接したりする“俺様タイプ”は論外。関係者と一緒に解決策を探る医師が好ましい。

「在宅医療では、本人やご家族にとっての最善策を一つひとつ探っていく、丁寧な作業が重要です。治療にはある程度の自信を持ちつつも、患者さんやご家族、またともに在宅療養を支える他職種の考えを最大限に尊重する、謙虚な姿勢が求められます」

 そもそも、在宅医療や訪問リハビリは「チーム戦」。在宅で肺炎や心不全、皮膚病などが起きれば、訪問介護員や理学療法士などとの連携は必須になる。患者や家族の願いはもちろん、スタッフの意見をよく聞いてチームをまとめる力があれば、誰にとっても理想的な在宅医だといえる。

“在宅名医”にいちばん重要なのは、コミュニケーション能力(写真/PIXTA)
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 チームの連携がうまくいけば、在宅医療は時に奇跡を起こすこともある。

「ある女性の在宅医療を担当したときのことです。老衰のため、入院先の病院から自宅に戻って在宅医療を始めた、当時94才で、要介護5のかたでした。ご家族はお看取りのつもりだったそうですが、その女性は私に“私、カレーライスが大好物だから、もう一度食べたいんです”と言ったのです。入院中は治療のためと、カレーどころか、口からの食事をとらせてもらえなかったと怒っていました」

 その姿を見て、佐々木さんはリハビリを決意。目標は、カレーライスを食べられるようになることだ。

「高濃度の点滴で栄養を確保したうえで、歯科医に口腔内のケアをしてもらいました。歯科衛生士には自分で食べるリハビリをしてもらうことに。さらに理学療法士に、それまでのように一日の大半をベッドで過ごすのではなく、椅子に座って過ごすようにリハビリをしてもらいました」

 3か月後、この女性は見事、自分でカレーライスを食べられるようになった。

「さらに家の中を自分の足で歩けるようになり、半年後にはコンビニまで歩いて行けるようになり、ついには家族と軽井沢旅行までしていました。当初は1か月でお看取りかと思われていましたが、退院してから3年半、自宅で過ごすことができた。最期は“もう私、特に食べたいものはないよ”と満足して、静かに旅立たれました」

 これは、在宅医のコミュニケーション能力と、チームとしての連携がうまくかみ合ったことで起きた奇跡だ。医療的な見解からの判断は確かに重要だが、そればかりで本人の思いが無視されては、在宅医療としては本末転倒。むしろ、ストレスで治療が逆効果になるケースもある。在宅医の指示に不満があったり、本人の思い通りの暮らしができていないと感じたら、在宅医の変更を検討してみてもいいと、佐々木さんは言う。

 高齢者医療に35年以上従事する精神科医の和田秀樹さんは「医師に不満があるなら、苦情を伝えてみることで、その医師の“本質”を見抜けることもある」とアドバイスする。

「在宅医は患者の人生や命にかかわる重い仕事であり、そうした覚悟がある医師ほど、患者から苦情を述べられたら真摯に対応するはずです。反対に、患者の申し立てにいい加減な対応をする医師は、不誠実な医師とみなすことができます」(和田さん)

 絶対に避けるべきは、「患者ファースト」でない医師だ。

「よくあるケースが、何もないときは訪問診療に来るのに、急な発熱などで連絡すると往診を嫌がる医師。日本は外来より訪問診療の方が保険点数が高いので、文字通り“点数稼ぎ”で訪問診療をしている可能性があります」(佐々木さん・以下同)

 理想の最期を迎えるには、在宅医を選ぶ前に、自分がどんな人生を歩みたいのかを考えておくことが何より大切だ。

「この先の人生をどう生きたいのか、どこまで頑張って治療したいのかを決めておくことが、情報収集以前にしておくべき、大切なことです。在宅医療は本人が望む通りに生き切るための手段であり、在宅医をはじめとするスタッフたちは、その生き方をサポートするためにいるのです」

 本当に頼れる医師にめぐり合うまでは、とことんワガママになっていい。

「いい在宅医を見つければ、患者は死ぬまで心穏やかに診てもらえます。残りの人生を充実させるため、ハズレの医師だと感じたら、どんどん変えていけばいいんです」(和田さん)

 患者は人生というマラソンのランナーであり、在宅医はその伴走者だ。人生最後の望みを叶えてくれる“運命のドクター”に出会えれば、きっと理想の“ゴール”が迎えられるはずだ。

在宅医療を受ける人は年々増加している
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(第1回から読む)

女性セブン2025101623日号

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