【七回忌を迎える志村けんさん】墓前で手を合わせる芸能人やファンは今でも絶えず 長兄が明かした“後悔”「コロナ禍でお別れ会をちゃんとした形で開いてやれなかった」

出演番組が再放送されれば話題を呼び、節目にはゆかりの地に大勢のファンが集う。七回忌を迎える現在も薄れることのない「喜劇王」の存在感に、弟思いの長兄が明かした心残りと憂い事──。
見頃を迎えた梅の花が、穏やかな春風に揺れる東京都内の古刹。その一角に、先祖代々250年ほど続く大きな墓がある。墓前には彩りにあふれた仏花とともに、故人が好んだ芋焼酎や国産ウイスキーが供えられていた。ここに眠るのは、2020年3月29日に新型コロナウイルスによる肺炎で急逝し、今年、七回忌を迎える志村けんさん(享年70)だ。
「志村さんがこのお墓に入られて以来、手を合わせに来るファンが途絶えたことはありません。芸能人のかたをお見かけすることもあります。なかには妊娠の報告に見えた芸能人夫婦もいたようです。そうした墓参者の様子を見聞きしていると、生前の志村さんがいかに愛され慕われていたかが、いまでも伝わってきます」(寺の関係者)
かつて志村さんの誕生月である2月になると、中山秀征(58才)が音頭を取り、盛大な誕生日会が開かれるのが慣例だった。参加者は入れ替わり立ち替わりで、200人を超えた年もあったという。志村さんと親交の深かった芸能関係者が、懐かしそうに振り返る。
「一人ひとり丁寧に、志村さん自らお酌をして回っていました。志村さんは誕生日会で自分の年齢と名前が入ったオリジナルグッズをプレゼントしていたのですが、受け取った人の多くがいまも大切に保管しているようです。だから私たちの中では、毎年2月になると誕生日会の思い出が頭に浮かんで志村さんの話題が増えるんです。みんなの心の中に、志村さんはずっといるんですよ」

『ドリフ大爆笑』、『志村けんのだいじょうぶだぁ』、『志村けんのバカ殿様』(すべてフジテレビ系)などがいまも折に触れて再放送され、志村さんの笑いは世代を超えて広がっている。
現在、「ザ・ドリフターズ」の結成60周年を記念した『ザ・ドリフターズ展』が全国で順次開催されており、ドリフ世代から程遠い小学生の姿も多い。北千住マルイ(東京・足立区)の会場を母親と訪れていた小学校低学年の女児は、目を輝かせながらこう話した。
「“バカ殿”が大好き。男子の間では“ひとみばあさん”のモノマネがはやってるの。今日はグッズを買ってもらったから、明日学校で自慢するんだ!」
志村さんを代表するキャラクターは、「大人から子供まで笑えるわかりやすさ」の追求で生み出されたものだ。
「生前の志村さんは、自宅での大半をテレビの前で過ごし、コントに役立つヒントを探すために大量の映画を鑑賞するのがライフワークでした。1日あたり15本のネタ作りを自らに課し、枕元にネタ帳を置いて、夢に出てきたギャグやコントもメモに残す徹底ぶりだったそうです。緻密に計算された笑いだからこそ、見る人すべてを楽しませることができたのでしょう」(別の芸能関係者)