
すべて想像の逆を行く男、高須克弥の破天荒な人生を描く連載『YES!逆張り人生~高須克弥物語~』! 読めば悩みが全て吹き飛ぶ、そんなパワフルすぎる人生を、どうぞご堪能あれ。
第2話:命を救った母と祖母の話【前編】
天正十年。本能寺の変が起こり、大阪・堺にいた徳川家康は明智軍から逃れ、自らの領地、岡崎へ逃げ帰る。歴史上、家康の命が最も危険だったと言われる「神君伊賀越え」である。部下は約30人。その道中では明智軍、落武者狩りなど200人以上を斬り捨てた。まさに身も心もボロボロで三河まで辿り着いたのである。この神君伊賀越えの最後の最後に“たまたま”出会ったのが小四郎という三河一色の農民だったのだが、当時一介の農民が領主の顔を知る由もない。家康が小四郎に「ここはどこか?」と聞いたのは自分の領地へ入ったかどうかの確認であり、小四郎の言葉に笑ったのは自領まで辿り着いた安堵だった。
野盗だと思った一行が自分の殿様だったと知った小四郎は、家康たちを自分の屋敷に迎え入れ、傷の手当てをし、温かい料理を振る舞った。特に家康は菱の実の料理を好み、バクバク食べた。あまりに食べるので「もうやめろ」と止めても食べた。その結果ひどい下痢になった。
──この人バカじゃなかろうか?
菱の実に限らず、食べ過ぎれば下痢をするなんてことは子供でも分かる。小四郎は百姓なら誰でも知っている下痢止めの薬草を調合し、家康に与えるとケロッと治った。
「小四郎、お主、医術の心得があるのかん?」
家康は元来医術の研究が好きで、いたく感激し、姓と家紋を与えると言い出した。当時の農民には実に破格の待遇で、いかに家康が感謝したかが窺える。
下賜の日。上座に家康、その横に家来が座り、小四郎は下座で手をついている。目の前の紙に書かれた家紋は菱の実の上に一膳の箸がのっていた。もう一枚の紙には「高須」と書かれている。家来が言った。

「今日からお主は高須小四郎だで」
「はあ」
小四郎は思った。
──紙切れ2枚が褒美だなんてやっぱりこの殿様はどケチだわ。
家来が続ける。
「さらに、今後一切の年貢を免除する」
先に出された褒美がしょぼかったので小四郎は度肝を抜かれた。その表情を見て家康の口元が緩み、この日初めて口を開いた。
「高須小四郎。高須家は今後、医業を生業とせよ」
この“たまたま”の出会いから高須家の医業が始まったのだ。そしてその363年後。
* * *
「生まれる!」
1945年1月。B29の空襲から逃れるため、防空壕に避難していた妊婦、高須登代子はそう感じた。産婦人科医である自分の見立てに誤りはない。登代子の母であるイマもその気配を感じ、覚悟を決めた。
「ここで産むしかない」
母もまた小児科医である。凍てつくような寒さの中、登代子のうめき声が防空壕に響く。
「出た!」
母の言葉の後、防空壕は静まり返った。あまりに静かなので登代子は自分が気を失ったのかと思った。が、耳をすませば遠くで「ドーンドーン」と爆撃の音がするのでそうではない。
「あれ? 生まれたんだよね? お産ってもっと賑やかじゃなかったっけ?」
不思議に思って母を見ようと頭を上げた時、母が赤子に向かって叫ぶ声が響き渡った。
「泣きんさい! あんたは特別な子なんだで!」
この言葉で、登代子は違和感の正体に気がついた。お産の時にいつも聞いている産声がないことに。(後編につづく)
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【プロフィール】
家守鷹主(いえす・たかす)/テレビ局プロデューサーとして高須克弥氏と出会い、十数年来の友人。今回、その人生を小説として描きたいと依頼したところ、高須氏は一言“YES”と快諾し、ペンネームも命名。かくして、希代の人生物語が幕を開けた。
高須克弥(たかす・かつや)/1945年、愛知県生まれ。医師(美容外科、整形外科、形成外科。学位は医学博士)。2018年に自身の全身がんを公表(発病は2014年)。
※女性セブン2026年6月11日号