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雅子さま、フィリピン大統領夫妻を招いた宮中晩餐会での周到なおもてなし 料理や音楽など“雅子さま流”の心遣い 愛子さまと悠仁さまを隣の席順にして会場は温かな空気に

マルコス大統領夫妻を見送る天皇皇后両陛下(2026年5月、時事通信フォト)
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 さる5月、来日した国賓を歓待される国母の顔には、輝くような笑みが浮かんでいた。陛下と苦楽を共にされてきた日々も胸に、欧州歴訪を目前に控え、ご公務に励まれている雅子さま。「思い出の地」への旅立ちを前に──。

「雅子さんのことは、僕が一生全力でお守りしますから」

 当時皇太子だった陛下が雅子さまにプロポーズでおくられたこの言葉は、いまなお褪せない。6月9日にご成婚33年を迎える両陛下は、6月13日から26日までの約2週間、オランダ・ベルギーへのご訪問に臨まれる。御代がわり以降も互いに手を取り合って国内外の各地に足を運ばれてきた両陛下だが、その道程は決して平坦ではなかった。

「雅子さまは2002年12月、ニュージーランドとオーストラリアご訪問に際し、愛子さまご出産を経て約8年ぶりに海外訪問が実現する喜びを会見で口にされました。ところが発言が曲解され、“お世継ぎよりも国際親善が大事か”などと心無い批判を浴びせられたのです。ご心労から1年後には帯状疱疹で入院され、いまに至るまで20年以上の療養生活を続けられています」(皇室ジャーナリスト)

 理不尽な苦難に見舞われた雅子さまに陛下は寄り添われ、その歩みを守り続けてこられた。

「当時、長野県軽井沢市で療養されていた雅子さまのもとに、陛下は多忙なご公務の合間を縫って駆けつけられていました。2004年に雅子さまが適応障害と診断されてからは、そのご体調を最優先に。陛下お一人でのご公務となられても“次は雅子と一緒に……”と口にされ、常に雅子さまへの配慮を尽くされてきました」(前出・皇室ジャーナリスト)

 時代とともにバッシングも下火となり、令和以降すでに3回の海外公式訪問を果たされている雅子さま。5月下旬、フィリピンの大統領夫妻を招いた宮中晩餐会では、ホストとして堂々たるお振る舞いで、満開の笑みを見せられていた。

「初夏らしい淡い青色の着物をまとわれた雅子さまは、陛下とともに夫妻を出迎えられ、夫人と握手しながら頬を寄せるチークキスでご挨拶をされました。晩餐会では会話が盛り上がり話は尽きないご様子で、お見送りの際も、夫人と体が触れ合わんばかりの距離でご歓談。雅子さまは口元に手を当てるほど破顔一笑されました」(皇室記者)

笑顔で悠仁さまのご緊張をほぐされる愛子さま
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 宮中晩餐会は、皇后にとって最も重責あるご公務の1つ。国賓の文化や嗜好を深く理解し、献立から手土産まで、すべてに細心の配慮を尽くさねばならず、雅子さまは今回も早くから綿密な準備を重ねられていたという。

「昨年、ブラジルの大統領を招いた晩餐会で初めて和食をメニューに取り入れられましたが、今回も前菜に彩り豊かな“押し寿司”をご用意。演奏される音楽にも、伝統の雅楽のみならず、賓客の母国の人気曲を交えるという“雅子さま流”の心遣いが見られました。その粋な演出に、フィリピンの報道陣が思わず踊り出しそうになる一幕もあったといいます。

 夫人への手土産には上皇后美智子さまも愛した伝統工芸品である佐賀錦のハンドバッグを贈られ、皇室の伝統も感じさせるおもてなしだったようです」(前出・皇室記者)

 雅子さまのご歓待とともに注目を集めたのが、次代を担う愛子さまと悠仁さまのお二人だった。

「今回で2度目の晩餐会ご出席となる愛子さまと、初めてのご臨席となる悠仁さま。お二人がお隣同士の席に並ばれると、会場は温かな空気に包まれました。お二人とも、賓客と英語でコミュニケーションをとられ、自然体の雰囲気をまとわれていました。

 乾杯の際には、愛子さまの気遣いが見られる場面も。一般的には乾杯ではグラスを少し傾けるだけなのですが、悠仁さまは緊張もあったのか、グラスを合わせる所作を見せたのです。そこに愛子さまはとっさに微笑みながらご自身のグラスを優しくカチンと重ねられました。お二人が顔を見合わせて交わした笑みからは、同世代間での気の置けない空気が伝わってきました」(前出・皇室記者)

 お隣同士の席順には雅子さまの思いがあったのではないかという。

「皇室の未来を担うお二人の絆を自然な形で示されました。皇后として、母としての切なる願いが込められていたのではないでしょうか」(前出・皇室記者)

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