どちらかは助からないかもしれない
和さんは強い願いを抱いていた。それは「私たちの子供と出会うこと」。しかし、抗がん剤治療を行うと卵巣に悪影響を与え、妊娠が難しくなる可能性があるほか、妊娠したとしても母体へのリスクは通常の妊婦に比べて何倍にも跳ね上がる。また、妊娠期間中は抗がん剤治療をストップさせなければならず、がんが進行する可能性もあった。
当然のように、将一さんや和さんの父親は、「授かるかわからない子供より、自分の治療を優先してほしい」と諭した。
しかし、和さんは譲らなかった。抗がん剤治療をしても妊娠できる余地を残せるよう、卵子凍結をしたいと望んだのだ。当時の気持ちを和さんは日記にこう書いている。
《2018年10月3日(水)
そんなこと、私だってわかってるよ。でも、本当に赤ちゃんが産めなくなっちゃったら? 私、一生お母さんになれないってことだよ。ずっと夢だったのに。抗がん剤を始めたら、その夢が叶わなくなる。あのとき卵子を採っておけばよかったって、絶対に後悔する。そうなったら、父と遠藤さんを責めてしまうと思う。》

和さんが選んだのは、リスクがあっても新しい命をこの世に生みだす道だった。
家族の理解を得て、激痛に耐えての卵子凍結を実行。それから抗がん剤治療を始めた。
治療中の2019年12月には、結婚式を挙げた。その様子は『1億人の大質問!? 笑ってコラえて!』(日本テレビ系)の「結婚式の旅」のコーナーで放送され、大きな反響を呼んだ。病魔と闘いながらも笑顔を絶やさず、懸命に生きようとするふたりの姿が視聴者の胸を打った。
結婚式から1か月ほど経過したある日、奇跡が起きる。放射線被ばくがあるCTスキャン検査を受ける直前、「念のために」と使った妊娠検査薬に2本の線がくっきり浮かんだ。
《2020年1月27日(月)
内診では、まだ兆候なし。でも、尿検査したら反応が出てるから、妊娠のごく初期でしょう、って。自然妊娠でいけると思っていなかったから、びっくり。うれしい。本当にうれしい。》
しかし、決して手放しで喜べる状況ではなかった。がんは卵巣に転移し、子宮にも影響を及ぼした。
和さんの元には、SNSを通じて励ましの声が多く寄せられた一方、気持ちを沈ませるものもあった。
《2020年5月7日(木)
妊娠したことをインスタに投稿した。反響が大きくて、びっくりした。今日は嫌なコメントばかりが目についてしまう。
子供がかわいそう。そもそもそんな身体で子供なんか望むんじゃねえよ。》
お腹の子は“女の子”。和さんはまだ見ぬ娘に会いたい一心だった。出産は臨月を待たず、母体のリスクと赤ちゃんの成長を慎重に見ながら帝王切開のタイミングが決められた。和さんは出産前、“覚悟”を綴っていた。
《2020年7月8日(水)
もしものときには、娘を助けてほしい。遠藤さんにも前から伝えてある。どちらかを選ばなくちゃいけない状況になったら、赤ちゃんを優先してください。》