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海外での“放浪”経験が豊かなオバ記者が語る“世界と日本のトイレ事情”「世界から絶賛される日本のトイレが現状維持できなくなったら、間違いなく日本の凋落」

日本のトイレは、世界中から絶賛されている(写真/PIXTA)
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 その清潔さや機能性の高さによって、世界中から絶賛されるのが“日本のトイレ”だ。女性セブンの名物ライター“オバ記者”こと野原広子氏が、世界のトイレ事情に触れつつ、日本のトイレの素晴らしさを見つめ直す。

トイレの歴史は近代史

 根っからの放浪癖っていうのかしらね。以前は「海外旅行」と聞いただけでテンションが上がっていた私。銀行口座に多少のゆとりができると、いや、ゆとりの気配がしただけで、安い航空券を調べ出したっけ。

 最初の海外旅行は1984年で、トルコ、ギリシャ、イタリアを48泊49日間。翌年はリュックを背負ってふらふらしながら、イタリア、スペインを34泊35日した。こういうことをする人間を、わが故郷・茨城県では「野良ぼ」と言う。その野良ぼ癖が65才を過ぎてからピタリとおさまったんだから、われながら驚きよ。経済的に“放浪”できないという現実はある。でも、もっと手前で「う〜ん、海外に行かなくてもいいかぁ」とテンションを下げてるのが、海外のトイレ事情なんだよね。

「ウォシュレット」はTOTOの登録商標で、一般名称では「温水洗浄便座」と呼ぶそうだけど、私が住んでいる東京都千代田区では、会社であれ店舗であれ、どこに行っても温水洗浄便座が100%設置されている。気分を変えてノマドワークをするカフェのベローチェ、タリーズ、ドトールも温水洗浄便座があって当たり前だ。

 私的には、出先で利用するトイレには松竹梅をつけている。たとえば松は、デパートの貴金属売り場。ハイクラスのホテルも間違いない。

 その昔、海老名のサービスエリアの全トイレが温水洗浄機付きトイレになったというニュースを聞いたときは、「日本もここまで来たか!」とブンと胸を張った。高度経済成長期前のド昭和生まれの私が利用したトイレの歴史は、そのまま近代史だもの。天井から太い縄がぶら下がっていて、床に切った新聞紙が重なっていた──なんて“ボットン便所”を知っている最後の世代ではないか。

「大」は抵抗があったけれど、「小」の方は小学校低学年くらいまでは、草むらで用を足したこともあった。私が高校生になった頃から水洗トイレが普及し始めたと思うけど、それでも和式だった。私は1975年に高卒で上京しているけど、男女兼用の段差付き和式が一般的で、洋式は珍しかったと記憶している。

 そんな私の温水洗浄便座の初体験は、これはものすごくハッキリ記憶している。1984年に友人宅に遊びに行ったら、「とにかく体験してみて」とすすめられたのよ。そのときはシャワーではなく、ビデの性能の確かさに驚き、友人の奥さんは「目がついているみたいでしょ!」と笑ったっけ。

 私の家に温水洗浄便座が付いたのは20年ほど前だ。親切な知り合いが「お宅のお便座を変えてあげる」と言って、破格の価格で付けてくれたの。温水洗浄便座は毎日使っているうちになくてはならないものになり、そうなるともう戻る道はない。

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