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70才を目前にしたオバ記者 自分が亡くなった後を考えて大決断「弟への負担は最小限にしたい」と“この世の荷物”の片付け開始 年の功でわかった上手く片付けるコツ

“この世の荷物”の片付けを開始する決断をした(写真/イメージマート)
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 旅立ちの時を迎えれば、必ず誰かがその“後始末”をすることになる。“その時”に備えて、人は何ができるのか? 女性セブンの名物ライター“オバ記者”こと野原広子氏(69才)が、“身の回りの整理”について綴る。

60代になって毎年起きた大事件

「ちょっとぉ、私をいくつだと思ってるのよ。もうすぐ70才のおばあさんだよ」

 あ〜あ、とうとう言っちゃった。その日、私がアルバイトをしている衆議院議員会館は大忙し。私はそこで国会議事堂を見学に訪れた人たちのツアーガイドもしているんだけど、その日は5つの小学校から児童たちが来ていた。こちらのガイド役は3人。どう手分けしようかと話し合いになった。そこで、Nさんから「じゃあ、午後の参議院の見学は野原さんにお願いしていい?」と言われたとたん、つい冒頭のポロリよ。

 というのも、私は午前中すでに1校の案内をしている。国会議事堂には衆議院と参議院があって、衆議院を案内する際は、歩数にして5000〜6000歩。参議院となると7000歩はいく。てことは、合計1万3000歩コースだ。私の嫌そうな顔を見たNさんは「ええ〜、野原さん70才なの? そうは全然見えないので、参議院の案内、よろしくっ」だって。

見学者のツアーガイドを行った(写真/イメージマート)
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 渋々受けたけど、キツいのなんの。案内を終えて事務所に戻ったら、バイト仲間のKさんが「こんなときはこれですよね」とミニ缶のコーラを冷蔵庫から出してくれた。コーラはめったに飲まないけど、まぁ、五臓六腑に染み渡るっていうの? こんなにおいしいものだと思わなかったわよ。

 で、本題はここからなんだけど、私が議員会館でバイトを始めたのはコロナ前の2018年の秋から。てことは8年前で、私は61才だったんだよね。それまでは身から出たサビで、料金を滞納して電気、ガス、水道を何度も止められたりした。けれど、60代はそんなことが子供騙しに思えるほど、毎年、大事件が起きた。

 大酒飲みの年子の弟が胃がんで亡くなったのを皮切りに、義父が亡くなり、コロナ禍、私は茨城の実家に帰って母親と枕を並べてシモの世話をした。それが済んだら今度は私が入院して、子宮と卵巣の全摘手術を受けている。今年の春には11才年下の末の弟の妻がくも膜下出血で倒れて、この世の人でなくなった。

 ここで私は慌てた。いや、いまでも慌てている。年子の弟の死は体を労らなかったバツだと思い、両親の死は“順番”だと思った。私の病気は長年の不摂生を思えば仕方がないと思えた。

 でも、57才の義妹の他界はどういうことよ。日が経つにつれて、急死だから、というだけじゃ説明がつかない、なんとも言い難い感情が湧く。強いて言えば、この世が仮の住まいで実態がないような、足元がぐらついている感じ。

 これまで平均寿命まであと何年、という計算はしていたけど、そんなのなんの根拠もないんだなと。人はその人の寿命が尽きたときに死ぬ。それだけなんだなと、夜中に目が覚めるとそんなことばかり考えてたの。

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