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《ママがもうこの世界にいなくても》夫と娘の奮闘の日々には、それでも笑顔があふれている「いいパパかはわからないけど、できることを精一杯やるしかない」

娘に精一杯の愛情を注いだ和さん
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 ステーIVのがんで、遠藤和さんがこの世を去ってから、5年の月日が流れた。彼女がつづった『ママがもうこの世界にいなくても 私の命の日記』は映画化され、この秋、公開される。前回に引き続き、文庫版だけに収録された、娘との日々に奮闘する、夫・将一さんの姿を届ける。【全3回の第2回】

シングルファザーとしての日々

〈2021年9月26日(日)

 風呂に入れる前に、着替えやミルク、おしゃぶりを準備する。寝室にも冷房。怪獣は暑がりなので、入眠までは涼しくしておかないと。風呂で暴れまわるのに付き合えば、自分が疲れた分だけ、怪獣もくたびれる。遊び疲れた瞬間にさっと上がり、全身を拭いたらスピード勝負だ。できるだけ早くベッドに運び、トントントン。

 今日はうまくいった。あとは洗い物と洗濯だけ。〉

 ステージIVの大腸がんと闘いながら娘を出産し、1才の誕生日を祝った2か月後の2021年9月8日に、天国へと旅立った遠藤和さん。夫・将一さんの、シングルファザーとしての日々が始まった。

 和さんの“生きた証”となった、『ママがもうこの世界にいなくても 私の命の日記』の文庫版に収録された《あの日から、僕らは》には、将一さんと娘の2人暮らしのリアルが映し出されている。

〈2021年10月5日(火)

 ネットの口コミだけではなく、家からの距離や園庭の有無、施設によって毎朝準備しなければならないものも変わってくるので、どうやって探せばいいのか、途方に暮れる。そして夜泣きが始まったので、途方に暮れることもできなくなった。〉

 当時、建築関係の会社で働いていた将一さんは、娘を保育園に預けることになった。

“シングルファザーだから、保育園入園のための点数は高く、希望の園が選べる〟―そう思っていた将一さんだったが、役所の窓口で「東京ではシングルで子育てをしているかたは少なくありません」と伝えられ、保育園探しに奔走。なんとか自宅からそう遠くない保育園に入園できることになった。

 あまりに慌ただしい生活の中、成長する娘を目の当たりにし、驚きと喜びを感じる日々が続く。

2019年12月に、結婚式を挙げた
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〈2021年10月10日(日)

 娘と新しいチャレンジ。ペーストではなく、大きくカットしたトマトを食べさせてみると、見事に掴んだ。

2021年12月8日(水)

 勝手に戸棚を開けて、服をぽいぽい放り投げる遊びを“発明”した。赤ちゃん用の引き出しロックをつけて、開けられないようにする。

2021年12月19日(日)

 赤ちゃん用の引き出しロックを攻略して、戸棚を開けられるようになった。

 無効化されるのが早すぎる。〉

 保育園に入園。朝食の準備に保育園の送り迎えと、将一さんの新たな闘いが始まった。

〈2022年4月1日(金)

 保育園の入園式。

 あまり遠くない施設でよかった。娘はスモック、僕はスーツ。0歳児からここに通っている子供たちがほとんどで、2歳の新入生は娘だけだった。

2022年4月15日(金)

 保育園生活のリズムが見えてきた。

 朝は5時半から6時、娘に顔をベシベシ叩かれて目を覚ます。

 7時に朝食。作るのはまだ難しい。いまでこそ、栄養たっぷりのベビーフードがさまざまな味付けで売られているが、ひと昔前は大変だったと思う。

 8時に保育園に連れて行き、僕は出勤。

 大変なのは送りより、お迎えだ。毎日、夕方の6時半厳守は厳しい。帰ってきたら、先に夕飯、それからお風呂。保育園に行くようになって運動量が増えたからなのか、娘の寝つきがよくなった気がする。最短記録は、ベッドに寝かせて15秒。8時就寝が毎日続けば、最高。〉

 娘の世界が広がる中、父として複雑な感情を覚える体験も。

〈2022年11月25日(金)

 娘は男の子の「そう君」とよく手をつないでいるらしい。保育園のお友達とはいえ「うちの娘に……」と思ってしまう。まだ2歳だけど。〉

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