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《けんか別れのようなものだった》梅宮アンナさんが明かす亡き父・梅宮辰夫さんとの“最期の過ごし方”「看取る力は亡くなって終わりではなく、ずっと続いていく」

父・梅宮辰夫さんとの“最期の過ごし方”を語る梅宮アンナさん
写真2枚

「何をしに来た!」「お前はどこかに行け!」。2019年末に亡くなった梅宮辰夫さん(享年81)の娘・アンナさん(53才)は、病床の父を見舞うたびにそんな罵声を浴びせられたという。

「最初はハイハイと聞いていたけど、だんだん“どうしてそんなこと言えるの?”と腹が立ち、父と言い合いをするようになりました。亡くなる最後の方は特にけんかがすごかった」(アンナさん・以下同)

 昭和の銀幕スターとして豪快な生き様が知られる辰夫さんは6度に及ぶがんの手術を経て、亡くなる前の10か月は人工透析をしていた。

「週3回1日4時間、移動含めて毎回6時間の透析は本当にきつく、買い物も家事も全部自分でする人だった父は心が破壊されていきました。でも透析をやめると10日で亡くなるといわれ、あまりにしんどいから娘の私にきつくあたっていたのでしょうね」

 最後に父に会ったのは亡くなる1か月前で、けんか別れのようなものだった。訃報に接した際、「正直、ホッとした」と率直に語る。

父・梅宮辰夫さんと梅宮アンナさん
写真2枚

「父は1年以上入退院を繰り返して、ますます介護が必要になっていました。子供としてはどんどん老いていく親の姿を見るのは本当につらかった。おそらく父も同じ思いで、亡くなってホッとしたと思います」

 親子にしかわからない感情があるのだろう。「本当に私たちらしい別れ方でした」とアンナさんは言う。

「私は生まれたときからずっと父と一緒にいて、病人で余命いくばくもなくなってからも最期まで本音で向き合ってぶつかっていました。だから亡くなった直後はけんか別れを悔やんだけど、いまは何の後悔もなく、私たちらしい最期の過ごし方だったと胸を張って言えます」

 辰夫さんの死後、3年がかりで神奈川・真鶴の自宅を整理し、父のために新しい墓を購入した。それも「看取る力」であると語る。

「父が好きだったもの、嫌いだったものを改めて考え直し、“パパならどうしてほしいだろう”と考えながら遺品を整理しました。“暗くて嫌だ”と言っていた梅宮家のお墓に入れるのはかわいそうだと思い、父が大好きだった海や山を一望できて太陽がさんさんと降り注ぐ霊園のお墓を買いました。『看取る力』は亡くなって終わりではなく、故人をしのんで行動することでずっと続いていく気がします」

※女性セブン2026年8月20・27日号

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