
人生の最期をどこで迎えたいか──その問いに、住み慣れた「自宅」を願う人は多い。しかし、医療が発達し長寿社会の現代だからこそ「自宅で死ぬ」ことは簡単ではない。在宅医療の専門家が自宅で最期を迎えるための家族会議の開き方とコツを伝授する。【前後編の前編】
1970年代に自宅から病院に逆転した「最期の場所」
高齢化が進み多死社会のいま、「どこで最期を迎えるか」は人生の一大テーマとなっている。しかし、多様な生き方が実現される中で、いまだ「死」は多様化されていないのが現状だ。
日本財団が行った「人生の最期の迎え方に関する全国調査」(2021年)によると、約6割の人が「自宅で最期を迎えたい」と回答し、厚労省の「人生の最終段階における医療・ケアに関する意識調査報告書」(2022年度)でも「1年以内に徐々にあるいは急に死に至ると考えたとき」に最期を迎えたい場所を自宅としている医療・介護従事者以外の人の割合は43.8%であるものの、厚労省の「厚生統計要覧」(2024年)では、自宅で亡くなったのは16.4%と、かなり低い数値となっている。
なぜ死の多様化が進まず、自宅ではなく病院や施設で最期を迎える人が多いのか。医療法人社団焔理事長の安井佑さんが言う。
「いまから80年ほど前は自宅で亡くなるかたが8割を超え、病院で亡くなるかたは1割にも満たなかった。しかし徐々にその割合は変化し、1970年代に逆転します。背景には、核家族化といった社会構造の変化や、医療が発達したことにより“治せる病気が増えた”ことによる入院期間の長期化、それによって寝たきりの患者が増えたことなどが挙げられます。
生活習慣病や血管系疾患、がんなどの病気が見つかって入院すると、治療を繰り返す中で体力が低下し、自分で体を動かすことができなくなったまま病院で亡くなるケースが増えているのです」

そもそも「最期」について、家族やかかりつけ医との意思疎通を図れていないことも大きな要因だ。都内在住のAさん(60才)は、「希望しない延命治療を選んだことで、母を自宅で看取れなかった」と後悔の念を語る。
「肺がんの終末期を迎えていた母に『少しでも長く生きてほしい』とポロっと話してしまったことで、呼吸困難になっても人工呼吸器をつけるなどの延命治療を選ばせてしまいました。最終的に病院の緩和ケア病棟で亡くなりましたが、体が動くうちに治療を切り上げて自宅でゆっくり過ごさせてあげればよかったといまでも後悔しています」
こうした状況を防ぐためには家族会議を開き、周囲の人に「どんな最期を迎えたいか」という意思を伝えておくことが必要だが、センシティブな問題であるため、どう話したらいいかわからない人も多いだろう。安井さんは「身近な人の死を話のきっかけに、世間話として始めるのがいい」と提案する。
「親を看取った話や近所の人や親戚などが亡くなったときに『こういう部分がよかった』『自分だったらこうしたかった』などと価値観を伝える。また、身近な人でなくとも、ニュースで流れてきた著名人の訃報に触れるのも話を切り出しやすい。その延長線上で、亡くなるまでの時間の過ごし方とともに自宅で最期を迎えたいという気持ちを話すと、スムーズに家族会議に移行できるでしょう」