
「母を見送ってから、介護後うつになりました。老衰で天寿をまっとうする以外の看取りには必ずいくばくかの後悔が残ります。特に、家族間の愛があるほど“あのとき、こうしておけば……”という葛藤が生まれてしまう。ただ、いまはあのときは精一杯だったと受け入れて、自分自身を責めるのはやめました」
そう語るのは、脳腫瘍を患った母を約12年間介護したエッセイスト・コメンテーターの安藤和津さん(78才)。働き盛りの40代後半から不意に始まった在宅介護は24時間フル稼働しても間に合わず、心身ともに追い詰められた。
「でも、手に付いた母の便を泣きながら洗っていたとき、“排泄をするのは生きている証拠だ”と気づいたんです。
親のおむつが取れるのは死ぬときだと実感し、おむつ替えができるのはありがたいことだと気づいて視点がころっと変わりました。私が大きくなったのも小さな頃に母がおむつを替えてくれたからで、それをお返ししているだけのこと。親を看取るというのは、親に育ててもらったことの恩返しなんだと思いました」(安藤さん・以下同)
20年前に母は83才で亡くなったが、いまも安藤さんの葛藤は続いている。
「母に長生きしてほしかったのは家族のエゴであり、本人は寝たきりで食べることも話すこともできないなかで生きて本当に幸せだったのかと考えてしまう。
自分がそういう状態になっても長生きしたいと思うか、葛藤の日々でした」

考え抜いた末に辿り着いた「穏やかな看取り方」のひとつの答えが、「元気なうちに話をしておく」だ。
「本人がどう見送ってほしいかを聞いておけば、その望みを叶えるように動くことができます。
娘たちには“医者がダメと言っても私が食べたいと言ったら食べさせて”“認知症になったらさっさと施設に入れて”などと伝えています」
母を看取った経験から安藤さんが多くの人に伝えたいのは、「最期まで耳は聞こえている」ということ。
「母が救急搬送されて3日もたないと告げられたとき、耳元で話しかけるとまばたきで意思疎通ができた。今際の際の母に家族で語りかけたら酸素濃度がどんどん上がって、にこやかな表情で亡くなりました。
最期の最期まで耳は聞こえているので諦めず話しかけてほしい。ありがとうと感謝の言葉を贈って旅立ちを見送れば、これ以上ない看取りになると思います」
※女性セブン2026年8月20・27日号