【世界で闘う日本の女性たち】日本人初のBBCキャスター・大井真理子さん、「国境なき医師団」看護師として紛争地へ医療を届ける白川優子さん…彼女たちは何を信じて歩んできたのか

ボーダーレス化するこの世界、日本人女性の活躍の舞台は広がっている。国境を超えて輝く彼女たちは、何を見つめ、何を信じて歩んできたのか──。ICC赤根智子所長、前衛芸術家・草間彌生さん、音楽評論家・湯川れい子さんに迫った前編に続き、後編ではBBCキャスター・大井真理子さん、「国境なき医師団」看護師・白川優子さんについてお届けする。【前後編の後編】
キャリアと子育ての両立に苦悩しながら見つけた自分の道
「高校生の頃は、玉のこし結婚が夢でした」
と語るのは、日本人で初めてイギリスの公共放送である英国放送協会(BBC)のキャスターとなった大井真理子さん。
1981年に東京で生まれ、聖心女子学院中等科・高等科に進んだが、お嬢様学校では異色の「問題児」だった。
「校則が厳しい学校でしたが、中2くらいから当時流行していたアムラーになり、学校帰りに制服を駅のトイレで着替えて渋谷のセンター街で毎日のように遊んでいました。
母も祖母もみんな専業主婦。自分も当然そうなるんだろうなと思っていたので、先生に将来の夢を聞かれたときにも『玉のこし結婚です』と答えていました」(大井さん・以下同)
高校1年生のときに母の知人が住むオーストラリアへ留学。しかし英語がまったくできなかった。
「日本に逃げ帰りたくても、友達に盛大な送別パーティーを開いてもらっていたので、帰るに帰れなかった」
当然友達もできず、あまりに暇でホームステイ先でぼんやりテレビを見ていたとき、飢餓に苦しむ子供を取り上げたBBCのドキュメンタリーを見た。これまでそうした世界情勢を知らなかった自分の無知を知り、心が震え、「記者を目指そう」と決意した。
火がついた彼女は猛勉強の末に英語力を身につけて現地の大学に進学。コミュニティーチャンネルの番組を制作するサークルに入って腕を磨き、ブルームバーグのインターンなどを経て2006年に24才でBBCのシンガポール支局の一員となる。当初はフリーランスだったが、レポーターやキャスターとして経験を積み、2008年に正社員として契約した。

「就職活動中は“下手な鉄砲も数打ちゃ当たる”の精神で多くの人と会いました。日本のテレビ局の人からは『大井さんはもう色がついている。日本のテレビ局は真っ白なキャンバスを探している』と言われ、海外メディアとの違いに驚いた」
BBC入社時、すでに管理職の40%以上が女性で「働くお母さん」は当たり前だった。大井さんも3人の子供を育てながら働いたが、競争社会ゆえ出産後に不安になることもあったと打ち明ける。
「1人目を産んで産休に入った直後に香港でデモが発生しました。私が休んでいる間に後輩に仕事をとられる気がして嫌で嫌で……授乳しながら上司に電話で『行かせてください』と直訴したんです。
日本のように出産や育児でキャリア形成が不利になる『マミートラック』はなくても、誰かにポジションを奪われることが不安だった。2人目と3人目は出産数日前までスタジオに入り、産後8週間で復帰しました。キャリアと子育ての両立にとても苦悩した時期でした。
キャリアを重ねていくうちに、誰かとの競争や社内政治にエネルギーを使う暇があるなら自分のベストを尽くすべき。同時に、自分より上手に仕事をこなす同僚のことは素直に認めて、そのうえで自分にしかできないことを追求することが大切だと気づいた。子を持つ母だからこそ、働いているお母さんの葛藤を理解するからできる報道もあるはずだと40才を過ぎて、他人と自分を比較して落ち込んだり競争するのはやめようと思えるようになりました」