
診察室では懇切丁寧に病状を説明し、手術室では「メス!」と力強く言い放つ。医療ドラマで描かれる外科医のイメージは、どんな病気にも対処する冷静な人物だ。しかし実際は、手術が必要なく、むしろ体に害を与えているとしたら──「外科医が避ける手術」を徹底取材した。
QOLが大きく低下することがある消化器系のがん手術
《誤って腰の神経を切断した執刀医らに、約8900万円の支払いを命じる判決が下った》
《手術ミスで和解金1億5000万円で合意が成立》
テレビや新聞などでは連日、このような医療事故が報じられる。医師を信じて治療を受けた患者にとってはとり返しのつかない事態だ。それだけにとどまらず、そもそも外科医自身が「自分だったら受けたくない」という手術があるのを知っているだろうか──現役の外科医が本音を明かした。
医療が進歩し、がんは不治の病ではなくなった。治療では抗がん剤や放射線と並び、手術が一般的に行われている。しかし、消化器外科医の石黒成治さんは、「すい臓がんの手術」は絶対に受けないと話す。
「すい臓がんは手術をしてもしなくても、5年生存率は約10%と低い。にもかかわらず手術をすれば、消化機能の低下や体力消耗で体重がかなり落ち、しかも手術をしてもすぐに再発する。
なので、私だったら手術は受けず、生活の見直しをします。実際、私は手術や抗がん剤をやりつくして“もう治療法がない”と言われた患者さんたちが、食事や生活習慣を見直すことで、それ以上進行することなく過ごしているのを見てきました」
続いて石黒さんが挙げるのは、「直腸がんの内視鏡切除後に行う追加切除」だ。
「内視鏡でがんを切除すると、思っていた以上に病変が深いことがあります。その場合、リンパ節転移のリスクが約10%あるので、追加の切除手術を提案されます。その際、ほとんどの人が再手術を受けますが、私だったら受けません。『10%』はあくまで平均値なので、悪性度が高そうな病変でなければ転移しているリスクはさらに低い。加えて直腸は術後の排便コントロールが大変で、追加切除すれば1日の排便回数が10回になることもあります」

消化器系のがんは、一歩間違えばQOL(生活の質)が大きく低下する。都内総合病院に勤務する心臓外科医のAさんが匿名を条件にこう明かす。
「うちの病院では推奨している先生がいるため公には言えませんが、『直腸がんの肛門温存手術』は選びません。温存というと聞こえはいいが、肛門の機能がそのまま残るわけではありません。再発リスクが高まるし、排便障害が残って1日20回以上もトイレに行ったり、便失禁をすることもある。いまは人工肛門の装具が改良されているので、私だったら温存しません」
結果が医師の腕に左右されやすいのは「食道がんの手術」だ。Aさんが続ける。
「食道がんは消化器外科手術の中でいちばん難易度が高いといわれるくらい、執刀医の腕次第なところがある。食道と胃をうまくつなぎ合わせることができないと、縫い合わせた部分がはがれやすい。たとえ手術が成功したとしても、食事が困難になったり、発声が難しくなり周りとコミュニケーションがとりづらくなることがある。場合によっては合併症を起こして亡くなるケースもあります。
なので執刀医の技術をしっかり見極めるか、生存率が若干下がりますが『化学放射線療法』を行いたいと思います。たとえ寿命が短くなったとしても、QOLが低下したなか生きるのは、私は嫌です」
早期乳がんで手術は受けたくないと話すのは、都内の大学病院に勤務する整形外科医のBさんだ。
「私が勤めている病院では、早期の段階では部分切除など“切る”治療が第一選択なので大きな声では言えませんが、私だったら切らない手術を選択肢に入れます。早期乳がんなら、腫瘍の大きさが直径1.5cm以下など条件を満たせば『ラジオ波焼灼療法』という切らない治療が受けられるようになりました。
メスを入れると見た目が変わるし、肩こりや頭痛に悩まされるケースもある。もし、早期で見つかったならラジオ波焼灼療法を行っている病院を探します」
脳動脈瘤が破裂する確率は1%以下
『白い巨塔』『ドクターX』……外科医が活躍する医療ドラマはいくつもあるが、現役の外科医から見ると違和感があるシーンも描かれている。
昭和大学横浜市北部病院教授で心臓外科医の南淵明宏さんが指摘する。
「ある医療ものの作品で、40才くらいの男性が、“腹部大動脈瘤のステントグラフト手術を受けた”と話す場面がありました。筒状の金属を取りつけた人工血管を血管に挿入して、瘤の部分に置いてくる手術です。血流による圧力を大動脈瘤にかけないようにして破裂を防ぎますが、若い患者が受けることはまずありえません」
ステントグラフト手術は足の付け根の動脈からカテーテルを入れて行うため、傷は小さくなるが、デメリットが大きいという。
「5年ほどで圧力が弱まり、人工血管が血管の中で浮き上がって手術の効果がなくなることがわかっています。受けても意味がないばかりか、感染症を引き起こして亡くなることもあるので、まだ余命が充分ある人は提案されてもやってはいけません。80才を超えて初めて検討する治療です。
開腹して行う人工血管置換術の方が傷は大きくなりますが、動脈瘤を目視しながら人工血管を縫いつけて動脈瘤を処置するので将来的に安心です。映画やドラマは、しょせんファンタジー。現実にはありえないケースを描いている場合があるので注意が必要です」(南淵さん)