
年齢を重ねても病気にならずに、心身ともに元気に生きる――。その理念を掲げて2021年度に旗揚げされたのが、厚生労働省の「健康一番プロジェクト」だ。肝炎の正しい知識の普及、肝炎ウイルス検査の受診促進を目的とした「知って、肝炎プロジェクト」の一環として発足し、厚生労働省特別健康対策監の杉良太郎が活動の指揮を執る。
健康づくりに関する広報活動を行う「健康一番プロジェクト」では今年度、長崎県と静岡市を積極的広報地域として選定し、7月4日には静岡市役所を訪れて「健康対策キックオフミーティング」を開催。プロジェクトのサポーターや特別ゲスト7名が、静岡市の難波喬司市長と健康対策について活発な意見交換を行った。
「健康一番プロジェクト」ではダンスの有効性に着目し、高齢者の健康への影響を5年間かけて検証してきた。会の冒頭では、東京大学先端科学技術研究センターの宮﨑敦子特任研究員から研究成果が共有された。
ダンスによる「認知症」予防
「1か月間ダンスを通じて体を動かすことで筋力が維持・改善され、歩行速度が速くなる結果が出ました。ダンスの振り付けを覚えて“模倣のトレーニング”をすることで、エラーの数も減少。歩行速度が遅くなると、軽度認知障害(MCI)や認知症を発症することが予測されます。模倣する能力もまた、認知機能と密接に関係しています」(宮﨑特任研究員)
さらに加齢によって衰える視空間認識やタイミングを合わせる制御能力なども、改善される結果に。認知症は、日本において介護が必要となる原因の第1位に挙げられるが、その認知症の手前で踏みとどまる予防として、また認知症になっても認知機能を維持・向上させる手立てとして、ダンスが期待されているのだ。
この報告にひときわ大きく頷いていたのが、静岡市内の『スタジオ・IRMダンスアカデミー』代表の森育子さん。ダンス歴50年を誇り、『ミス・ユニバース2007』に輝いた森理世を育てた母としても知られる。この日は特別ゲストとして、母娘で意見交換会に招かれた。
72才の現在まで病気もなく元気に
「いま伺った検証結果はまさに、この50年間ダンスのレッスンをしながら感じていたことそのもの。ダンスは全身運動で筋肉がくまなく鍛えられる。チームで踊ればコミュニケーション能力も向上し、ものづくりの達成感が味わえます。
ダンス未経験者に“ダンスをしませんか?”と声をかけると、たいてい“そんなハードなことできないわ”と尻込みされるんです。でも音楽に合わせて体を動かすのは、太古の昔から人間がしてきたこと。いやがっていた人でも、いざ音に乗れば、バンバン体を動かして踊りを楽しまれます。そしてすっきりとした笑顔で帰っていかれる。精神衛生上、とてもいい習慣だと思いますね。私は父の介護を20年以上してきましたが、心が折れそうな時でも、ダンスの時間だけは日常を忘れることができた。体を動かしてリフレッシュすることで、72才の現在まで病気もなく元気にやってこられたんです」(育子さん)

また、高齢者の健康増進の新しい形として「ロマンディスコ」も紹介された。仕掛け人は静岡市で介護福祉士かつDJとして活躍する大滝亮輔さん。介護と音楽の経験を生かし、介護施設などで高齢者向けのディスコイベントを主催している。キラキラの光に彩られた非日常空間に昭和から令和のヒット曲が流れ、高齢者は一緒に歌ったり、ペンライトを振ったり。即興でダンスに挑戦したりもする。スクリーンには静岡市の昔の街並みや、若い頃の自分たちの姿が投影され、高齢者からは「昔を思い出して泣いてしまった」「20才若返った」などの反響が寄せられるという。
介護施設の職員からは「仕事を忘れて楽しめた」との声も上がり、大滝さんは「介護する側の気持ちもほぐれるような催しにできたら」と語る。高齢者主体で健康増進が語られがちだが、介護する人や家族のメンタルヘルスなど、その人を取り巻く“環境”も含めて健康を捉える必要があるだろう。意見交換を通じて、意識が広がる結果ともなった。
顔色がパッとよくなるんです
大滝さんとコンビでロマンディスコに取り組むのは、RIP SLYMEのSU。普段の音楽活動とは違う世代と接し、「おじいちゃん、おばあちゃん世代は、昔のことをかなり鮮明に覚えていらっしゃる。音楽や昔の街並みの映像などで記憶が呼び起こされて、ロマンディスコのひとときは気持ちが若い頃に戻っていかれる。心が華やいで、顔色がパッとよくなるんです」と、音楽とダンスの力を再発見していると語った。
新たに「健康一番プロジェクト」サポーターに就任した吟詠家で尺八奏者の前田健志は、「介護施設のディスコがあんなに盛り上がるなんて!」と、ロマンディスコの活動に大きく賛同し、こう続けた。
「僕自身、多くの介護施設で尺八や唄を届けていますが、言葉がしゃべれなくても必ず音楽には反応が返ってきます。詩吟であれば、身体的にダンスが難しい方がたにもきっと楽しんでもらえる。愛好家には90代も多く、覚えた唄を声に出すことで、認知機能にもいい影響が望めますし。ぜひ、大滝さんやSUさんとコラボして、“ダンス×音楽×アート”をミックスしていけたらと思いました」
東京や海外をマネするのではなく
静岡県富士宮市出身の前田の言葉に、難波市長も笑顔に。「静岡市もいろいろな取り組みをしていますが、“市が”ではなく、“社会の力と共に”静岡市民の幸せを考えていくことが大切だと、痛感しました。皆さんが活動しやすくなる環境を整えながら、市民の幸せを創出していきたい」と、述べた。「健康一番プロジェクト」サポーターで国際的に活躍するダンサーのMaasaもまた、「ダンスの可能性について見識が広がりました。どうやったら、それぞれの分野で手をつないでいけるか、考えていきたい」と意欲を見せた。
静岡市で行われた「健康対策キックオフミーティング」ということで、「東京や海外をマネするのではなく、静岡らしいロケーションや土地柄をベースに、高齢者の健康促進に役立てたら」と抱負を述べた、大滝さん。静岡から全国へ――。力を結集して新しい風を吹かせたいと、参加者の心がひとつになった。



