手応えがないようで「んじゃ切っと」と
会話と言っても昭和3年生まれの母ちゃんは、画面に向かって「おう」と声をかけると「あはは、広子か」とテレ笑いをするけど後が続かない。
「だいちたよ(大丈夫だよ)、元気でやってっから。どうせ帰ってこれねんだっぺな。んじゃ切っと。こうたもんでいぐら(いくら)話したってしょうがねーよ」
リモート会話の手ごたえのなさに文句を言う母ちゃんに、ぴらぴらと手を振ると、「はあ、いいがら。切ろ」と面倒くさそうに手を振り返したっけ。
“息子が校長に”に体を二つ折りにして大喜び
ところが一度だけ、リモート会話中に母ちゃんが大喜びしたことがあったの。一昨年の冬、あの日は老健の担当の人がスマホを貸してくれて、母ちゃんと私を会話させてくれたのね。
見れば母ちゃん、髪はザンバラでなんとなく元気がない。そして、いきなり「はあ、おら、どうでもかまねんだ(もう、どうでもいいんだ)」と言うから、ちょっと迷ったけど直前に弟から入ってきたニュースを言うことにしたの。
「何言ってんだよ。母ちゃんの息子(弟)、校長の試験に受かったよ」と言ったら、「ひぃ~」と悲鳴のような、ため息のような声をあげたかと思ったら、画面から母ちゃんが消えた。体を二つ折りにしたのよ。
担当の女性職員から「すごいじゃない!」と言われ、画面に戻ってきたけど、母ちゃんがこういう喜び方をするの、初めて見た!
私が言うのをためらったのは、弟は公立小中学校の校長の試験を通っただけで、辞令がおりたわけじゃない。人に話していいことかどうか、判断がつかなかったのよ。
それでも、もしこのことを母ちゃんが知らずに亡くなったら後々、どんなに後悔するか。90過ぎた年寄りは今夜どうなるかわからないもの。それで話したんだけど、こんなに喜ぶとは思わなかった。