北村が表情や声で”愛情表現が苦手な息子”を表現
子役からキャリアをスタートさせ、映画を中心に自身の代表作を生み出し続ける北村匠海が演じるアキラもまた、とても不器用な人物です。彼にはヤスのような荒っぽさはありませんが、素朴で大人しく、父に気持ちを伝えるのが苦手。息子への愛情表現がヘタクソなヤスの子らしいアキラの一面を、北村は表情や声音の細かな変化で表現しています。
こちらもまた、阿部演じるヤスと同様に単純化させず、一言では語ることのできない人間の複雑さを演じているのです。彼が主役級の役を相次ぎ担い、若手俳優の中でもトップクラスに位置付けられる理由も、ここで分かるのではないかと思います。
父子の物語に色を添える名脇役たち
この2人の脇を固めているのが、薬師丸ひろ子(57歳)、杏(36歳)、安田顕(48歳)、大島優子(33歳)、麻生久美子(43)ら豪華俳優陣。ヤスとアキラの関係に深く関わるポジションに配されている彼らが、出番の多寡に関わらず各々の役割を全うし、父子の物語に色を添えています。彼らの手堅い演技が、この骨太なヒューマンドラマに強度を与えていると思います。
いつの時代も変わらない“人を想う心”
『とんび』が実写化されるのはこれで3度目です。2012年には堤真一(57歳)が、2013年には内野聖陽(53歳)がそれぞれヤスを演じたテレビドラマが放送されました。なぜ今回、映画で実写化されることになったのか。それはやはり、いま必要な作品だからだと思います。本作が描くのは、変わりゆく大きな時代の流れの中でも決して消えることのない強い絆。時代が変わっても忘れたくない、忘れてはいけない、そんな“人を想う心”が映し出されているのです。
「山あり谷ありの方が人生の景色はきれい」
薬師丸ひろ子が演じるヤスの姉・たえ子のセリフに「山あり谷ありの方が人生の景色はきれい」というものがあり、とても印象に残ります。ヤスもアキラも、大きな喪失を共有しています。また本作は、60年代前半から現代までの大きな時代の変化が物語の背景にあります。劇中で明確に描かれずとも、その時代を生きる人々それぞれに“山”や“谷”がある。たえ子のこのセリフには、“生きていくことを肯定しようとする気持ち”が表れているように思うのです。これもまた、『とんび』がいま必要とされる理由なのではないでしょうか。
◆文筆家・折田侑駿
1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。http://twitter.com/cinema_walk