
花鳥風月、なかでも「月」を歌った歌謡曲・J-POPの名曲は数知れず。1980〜1990年代のエンタメ事情に詳しいライター田中稲さんによると、全てを包み込むような名曲が多い女性歌手に対して、男性が歌う「月」を題材にした曲は特にエモーショナルだといいます。9月10日の十五夜に聴きたい「月うた」を、田中さんが紹介します。
* * *
「人生で一番泣けた歌」
9月10日は中秋の名月だ。ただ、この記事は数日前に書いているので、当日、晴れているのかどうかわからない。晴れていますか、美しい満月を見れていますか、未来の人—ッ! お月見ができていますように!
ということで、今回は月の歌がテーマである。月は夜の帳を照らす神秘的な光だ。宇宙に空いた穴のようにも見えて、日々のいろんなことを思い出す。太陽がキラキラの希望だとすれば、月は記憶やメランコリーの具現化。
そんなだから、月を題材にした歌は危険。沁みる。心を揺さぶる!
特筆すべき涙腺刺激ソングは鬼束ちひろの『月光』。先日、こんなことがあった。ある食事会で「人生で一番泣けた歌を挙げよ」というお題にて「鬼束ちひろの『月光』」が見事バッティングしたのである。

私も深く頷いた。わかる。この曲の「GOD CHILD」と「腐敗」という言葉のアンビバレンス。なんでこんな世の中に生まれちゃったんだろう、という絶望だらけの歌詞なのに、讃美歌を聴いたときのように、救われる思いもする。彼女の声の持つ生命力と浄化作用はなんなんのだろうか。本当に不思議だ。
中島美嘉さんが葉加瀬太郎さんとコラボレーションした『朧月夜〜祈り』も、心が洗われるような一曲だ。彼女の絹糸のような声は月や風、草原など、ワビサビ溢れる情景をブワッと映像化してくる。

月の歌と言えば、2003年、柴咲コウさんがRUI名義で歌唱し大ヒットした『月のしずく』が真っ先に思い浮かぶ人もいるかもしれない。主題歌だった映画『黄泉がえり』もとても良かった。寂しさと祈るような気持ちが同時に胸に来る曲だ。
私が20代の頃聴いて今だ「これは美し過ぎて心が不安定になる!」と、胸を押さえ転がりまくる月うたが、今井美樹さんの『Blue Moon Blue』。1992年、トレンディ俳優として名を馳せていた加勢大周さん主演のドラマ『パ★テ★オ』(フジテレビ系)の主題歌だったのだ。しかしこの歌の透明度が衝撃的で、ドラマの内容を思い出せない。加勢さんはカッコよかった気がする……。心の琴線に触れ過ぎる曲はデンジャラスだ。

男性アーティストの月の歌がエモい!
女性アーティストの月うたは、どこか俯瞰で地球を見るイメージがあるけれど、男性アーティストの月うたは、普段内に抑えていた感情がドッと出て、より人間臭くなる感じがする。爆風スランプの『月光』は7月の歌だけど気にしないでご紹介。「好きなのに、この気持ちなぜ届かない!!」と叫び声が聴こえそうな孤独と逸る気持ち。それが「月光」と「ムーンライト」という言葉が混在して使われることで、ヒシヒシと伝わってくる。
エレファントカシマシの『今宵の月のように』は、月夜の道をぶらぶら歩きながら、今日のこととか、これまでのこととかグルグル回るあの感じを、そのまんま歌にしてくれてありがとう! と言いたくなる。おかげで、月のきれいな夜は「月のように……いーいーーー↑↑」のサビの部分が、無意識に口から出てくる率がとても高い。
B’zの『今夜月の見える丘に』は、眠れなくなってしまうほどエモーショナル台風が心に吹くので注意しなくてはならない。稲葉浩志さんの声は太陽も月も制覇できるエネルギーがある。もう「宇宙認定ボイス」と言っていいだろう。
また、オペラやミュージカルを一本観たような気持ちになるのが1999年の世紀末、西川貴教さんがプロデューサー浅倉大介さんと結成したユニットthe end of genesis T.M.R. evolution turbo type Dの『月虹-GEKKOH-』。ユニット名の長さに負けず楽曲も壮大で、ボーッと聴くだけで別世界にヒュッとワープし、そのまま帰り道を見失いそうな怖さも味わえる。
その怖さはJanne Da Arcの『月光花』にも感じるかも。やさしいもの、美しいものは有限である、と痛感するような、ヒリヒリするような儚さ。
ああ、夜の時間が足りないよ!

大阪ではカラオケのテッパン曲、桑名正博『月のあかり』
ラストは大御所、東西「桑」の月ソングを。東の「桑」、桑田佳祐さんの『月』は、ハーモニカの音と、桑田さんの掠れた声が、それはもう最高にブルージーで、涙腺をジリジリと責めてくる。
西の「桑」は、大阪の歌自慢たちに大人気な桑名正博の『月のあかり』。言葉にするのが苦手だけど、大切な人への思いが心にいっぱい溢れている人は、この歌がぴったりだ。ぜひ聴いて、シンガソンしてほしい!
満月は、人を感情的にさせる。医学的にも、月の引力が強まるため、血が頭にのぼりやすいのだそうだ。そのため眠りにくくなることもあるという。どうせ興奮状態で眠れないなら、これらの歌を聴いて浸り、泣くのもいいだろう。
最後にマメ知識を。月といえば、日本ではクレーターの模様が「うさぎが餅をついているように見える」と言われるけれど、中南米では「ロバ」、ヨーロッパでは「大きなハサミを持つカニ」なのだそう。
月うたの破壊力でセンチメンタルになり過ぎ、涙腺のコントロールができなくなったら、チラッとロバとカニを思い浮かべてみて。クールダウンのお役に立てば……。
では、よい十五夜になりますように。
◆ライター・田中稲

1969年生まれ。昭和歌謡・ドラマ、アイドル、世代研究を中心に執筆している。著書に『昭和歌謡 出る単 1008語』(誠文堂新光社)、『そろそろ日本の全世代についてまとめておこうか。』(青月社)がある。大阪の編集プロダクション・オフィステイクオーに所属し、『刑事ドラマ・ミステリーがよくわかる警察入門』(実業之日本社)など多数に執筆参加。他、ネットメディアへの寄稿多数。現在、CREA WEBで「勝手に再ブーム」を連載中。https://twitter.com/ine_tanaka