
日本人の2人に1人が罹患すると言われている「がん」。「がん疑い」という診断を受けたのは、ライター歴40年を超えるベテラン、オバ記者こと野原広子(65歳)。ついに手術の日を迎えます。手術当日から開腹手術後の医師の“診断”までをレポートします。
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弟が「頑張ってこうような」と心配そうに
手術当日の朝、茨城から弟夫婦が立ち会いで来てくれて、待合いロビーでほんの数秒の面会。いや、あれは面会じゃなくて、通りすがりだね。
「じゃ!」と手を振る私に「頑張ってこうよな」と11歳年下の弟が心配そうに言う。その横の義妹は顔が引きつっているし。

手術室に向かうというとイメージでは担架に寝かせられて運ばれるもの、だったけれど現実は看護師に付き添われて普通に歩いて行くんだね。
が、手術室に足を踏み入れたとたん、急に怖くなった。広い無機質な部屋で真っ先に目に飛び込んで来るのはテレビの医療ドラマでおなじみの天井の照明よ。大きな巨大な銀色の傘の中に、電球いくつついているのというアレよ。その真下に殺風景な手術台があって、「じゃ、ここに寝てください」って。
横になった私に目だけギロリと出した麻酔医が顔を覗き込み、執刀主治医と看護師と、部屋の隅にはこれまで診察してくれた担当女医のE先生が真剣な顔で座っている。「では普通に呼吸してくださいね~」と麻酔用のマスクで鼻と口をおおわれたら…。
手術が終わって担当医が告げたのは…
「のはらさーん、終わりましたよ~」

夢うつつの中で私に話しかけたのは医師か看護師か。「姉ちゃん、じゃ、帰っから」と弟の疲れた声が聞こえたような気がしたけど、体がこれまで体験したことがないほど重たいというか、自分の意識と体がバランバランな感じをどうお伝えしたらいいのかしら。
で、私の手術時間はお腹を開いて見た結果で3コース想定されていて、良性腫瘍の場合2時間、境界悪性腫瘍の場合6時間、卵巣がんの場合8時間と聞いている。境界悪性腫瘍というのは、良性腫瘍と卵巣がんの中間的な位置づけのものみたい。
卵巣がんの疑いで開腹手術を終えた直後、全身麻酔から覚めた私に、E先生いわく「境界悪性でした。リンパの切除の必要もなく、抗がん剤の投与もありません。よかったですねぇ」。結局、手術時間は6時間だったみたい。

卵巣がんじゃなくて良かった
その晴れやかな顔を見たら、ほんとに卵巣がんじゃなくて良かったと、そう思った次の瞬間、また意識が遠のいた。足首にはマッサージ器かはめられ、あらゆるところに管が通されていた当日のことはもちろん、「さぁ、歩きましょう」と体を起こされた翌日も自分の開腹の傷をチラッと見た3日目も、記憶はみんな断片でしかないんだよね。

その中で、日を追うごとにきつくなったのは食事タイムよ。手術の前日から手術3日目の夜までキッチリ4日間、ガスが出るまで絶食だもの。
食べろと言われても体が受け付けないのは百も承知。だけど日に3度、同室の人に運ばれたメニューが私の鼻に襲いかかるんだわ。みんなが食事を楽しんでいるときにのけものになったことが昔、あったんだね。どんどんいじけて意固地になって、どーせ私なんか、どーせ、どーせ、どーせ! ああ、うるさい!
痛みがあると悩みや世の中のことがどうでもよくなる
そんな声が、重湯が出された日の朝から聞こえなくなったんだから現金だよね。あ、卵巣がんと境界悪性腫瘍の違いは、私の中ではかけていたがん保険が降りるか降りないかの違い。医学界で境界悪性腫瘍は、「同じがんの教科書に載ってますけど」とE先生はおっしゃったけれど、私が加入している保険会社ではがんと認めてないらしい。

そんなことも体に痛いところかあるとどうでもよくて、ついでに言えば世の中のことも、悩みの数々もどうでもよくなるのよね。きっとこれは私だけじゃなくてみんなそうだと思う。
痛み、最強だわ!

◆ライター・オバ記者(野原広子)

1957年生まれ、茨城県出身。体当たり取材が人気のライター。これまで、さまざまなダイエット企画にチャレンジしたほか、富士登山、AKB48なりきりや、『キングオブコント』に出場したことも。バラエティー番組『人生が変わる1分間の深イイ話』(日本テレビ系)に出演したこともある。昨年10月、自らのダイエット経験について綴った『まんがでもわかる人生ダイエット図鑑 で、やせたの?』を出版。
【319】65歳オバ記者「卵巣がん疑い」に 検査から告知、手術直前までをレポート