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有村架純、映画『ちひろさん』に深みをもたらす「演技のグラデーション」

ちひろ役を有村架純が演じる必然性

主演の有村さんといえば、『どうする家康』でヒロイン・瀬名を好演中ということもあり、もっとも幅広い層に知られている俳優の1人だといえるのではないでしょうか。

『ちひろさん』場面写真
(C)2023 Asmik Ace, Inc. (C)安田弘之(秋田書店)2014
写真12枚

昨年はドラマ『石子と羽男-そんなコトで訴えます?-』(TBS系)にて主演を務め、映画『前科者』で主演を、『月の満ち欠け』ではヒロインを務めていました。大人気となった朝ドラ『ひよっこ』(2017年/NHK総合)でヒロインを務めていたこともあり、いまや国民的な俳優の1人といっても過言ではないでしょう。時代劇から現代の若者を象徴するようなキャラクターにまで適応し、各作品を“話題作”へと押し上げることに貢献してきました。いまのこの時代に、俳優・有村架純はなくてはならない存在なのです。

深みをもたらす演技のグラデーション

本作で演じるちひろは、有村さんこそが演じるべきキャラクターだと思います。ちひろの存在があってこそ、街の人々は言葉を交わし、想いを伝え合い、物語は駆動していきます。

『ちひろさん』場面写真
(C)2023 Asmik Ace, Inc. (C)安田弘之(秋田書店)2014
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つまり、人々の中心に立って交流を促す、なくてはならない存在なわけです。そこから生まれる物語が観客の関心を引き続けられるのかどうかは、中心人物を誰が演じるのかにかかっています。海辺の街を舞台に繰り広げられるのは、どこにでもありそうな物語。やはり中心に立つ者は私たちと同時代を生きる、この時代を代表するような人物でなければならないでしょう。

『ちひろさん』場面写真
(C)2023 Asmik Ace, Inc. (C)安田弘之(秋田書店)2014
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ちひろは慈悲深い存在ですが、聖人ではありません。あくまでも、私たちが目の前にしているこの日常のどこかに生きているのであろう1人の女性です。ときに厳しく、ときに優しく、ちひろはどんな相手のことも受け入れていきますが、それは彼女が深く傷ついた経験があるゆえの包容力があってのこと。いつも微笑を湛えているものの、ふとそこに陰のようなものが差し込むことがあります。

それは表情にかぎらず、発する言葉の調子や視線の動きにも見られるもの。有村さんの演技のグラデーションが、何よりも本作に深みをもたらしているのです。

ちひろが私たちの背中を押してくれる

さて、本作はただ漫然と眺めていても楽しい作品ですが、やはり私たちがそれぞれにテーマを見出したいもの。食事のシーンは“食べること”の幸福を教えてくれますし、登場人物たちの交流を見るにつけ、人と人との出会いの尊さを噛み締めずにはいられないでしょう。そして登場人物の誰もが抱える孤独感は、あなたも身に覚えがあるものかもしれません。

『ちひろさん』場面写真
(C)2023 Asmik Ace, Inc. (C)安田弘之(秋田書店)2014
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筆者が本作から見出したテーマは、“いまを肯定する”というものです。いつまでも過去に囚われていたり、あるいは過去がほんの少し違えば別の現在があったのかもしれないと思いを馳せてみたり。筆者もそんな日々を重ねていますが、それではキリがない。やっぱり、いまが一番いいのだと心から思いたい。

過去のよいことも悪いことも全部ひっくるめて、現在の自分がある。さまざまな経験によって、人間は構成されている。傷ついた経験のない人なんて、いないでしょう。孤独を抱えながらも人々を照らすちひろの姿に、いまを生きる私たちもまた背中を押されるのです。

映画『ちひろさん』

2月23日(木・祝)Netflix世界配信スタート&全国劇場にて公開
配給:アスミック・エース

◆文筆家・折田侑駿

文筆家・折田侑駿さん
文筆家・折田侑駿さん
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1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。https://twitter.com/yshun

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