エンタメ

有村架純、映画『ちひろさん』に深みをもたらす「演技のグラデーション」

『ちひろさん』場面写真
(C)2023 Asmik Ace, Inc. (C)安田弘之(秋田書店)2014
写真12枚

有村架純さん(30歳)が主演を務めたNetflixオリジナル映画『ちひろさん』が、2月23日より配信&公開中です。次々と話題作を発表する今泉力哉監督の最新作である本作は、とある小さな弁当屋さんで働く女性を中心とした人々の交流を描いたもの。世の中に存在するさまざまな属性を超えて誰もが手を取り合う、そんな温かな作品に仕上がっています。本作の見どころや有村さんらの演技について、映画や演劇に詳しいライターの折田侑駿さんが解説します。

* * *

恋愛映画の旗手が描く、大きくて素朴な“愛”

本作は、『ショムニ』などの代表作を持つ安田弘之さんの同名マンガ作品を、『アイネクライネナハトムジーク』(2019年)や『窓辺にて』(2022年)の今泉監督が実写映画化したもの。今泉監督は“恋愛映画の旗手”として広く知られている存在です。

『ちひろさん』ポスタービジュアル
(C)2023 Asmik Ace, Inc. (C)安田弘之(秋田書店)2014
写真12枚

若い世代を中心に話題となった『愛がなんだ』(2019年)など、あまり映画監督の名前まではチェックしないというかたであっても、彼が手がけた作品のタイトルくらいは触れたことがあるのではないでしょうか。それほどまでに、新作を発表するたびに大きな注目を集める監督なのです。

そんな今泉監督の新作である本作は、“恋愛映画”というわけではありません。有村さんが演じる主人公・ちひろを中心とした人々の交流が生み出す、もっと大きくて素朴な“愛”を描いているのです。

ちひろとユニークな人々の交流の物語

海辺の街にある弁当屋で働いているちひろ(有村)は、かつて風俗嬢であったことを隠すことなく、誰に対しても分け隔てなく接する明るい人。彼女はその朗らかな性格によって、弁当屋の、ひいてはこの街の人気者になっています。

そんなちひろの元には、さまざまな人々が集まります。そして誰もがそれぞれに、それぞれの孤独を抱えています。ときにはその孤独感に押しつぶされそうになるけれど、それでも生きていかなくてはなりません。ちひろの笑顔や言葉は、彼ら彼女らに優しく寄り添い、そしてその背中を押すものなのです。

『ちひろさん』場面写真
(C)2023 Asmik Ace, Inc. (C)安田弘之(秋田書店)2014
写真12枚

ですが、このちひろもまた孤独を抱えて生きる存在。完璧な人間ではありません。以前お世話になっていた風俗店の元店長や、入院している弁当屋の店長の奥さん、そして年齢も性別も異なる友人たち。この街のユニークな人々との出会いと交流によって、ちひろもまた少しずつ変わっていくのです。

今泉監督の手腕が活きるキャスティング

今泉監督といえば、映画づくりを通して俳優陣の新たな魅力を引き出すのに定評のある監督です。例えば、『愛がなんだ』では岸井ゆきのさんを、2021年公開の『街の上で』では古川琴音さんをはじめとする4人のヒロインの魅力を引き出し、映画に収めてきました。

そしてそれは若手だけでなく、すでに名の売れた実力者やベテランにもいえること。『あの頃。』(2021年)で主演を務めた松坂桃李さんや、『窓辺にて』の主演である稲垣吾郎さんのこれまでとは違う一面を引き出していたのが記憶に新しいところです。

『ちひろさん』場面写真
(C)2023 Asmik Ace, Inc. (C)安田弘之(秋田書店)2014
写真12枚

この今泉監督の手腕は今作でも健在です。放送中の大河ドラマ『どうする家康』(NHK総合)で好演中の豊嶋花さんが家庭にも学校にも自分の居場所をうまく見出だせない女子高生のオカジ役を、深田晃司監督作『LOVE LIFE』(2022年)でも重要な役どころを担った嶋田鉄太さんが母親の愛情に飢える小学生のマコト役に配され、ちひろと交流を深めるメインキャラクターとして物語を牽引しています。

さらに、今泉作品の常連俳優である若葉竜也さん、ちひろがお世話になった風俗店の元店長・内海役のリリー・フランキーさん、弁当屋の店長の妻・多恵役の風吹ジュンさんが本作の世界観を支えているほか、ちひろの友人であるバジル役をこれが演技初挑戦となるvanさん、ホームレスのおじさん役に鈴木慶一さん、マコトの母役に佐久間由衣さんらが配され、この物語をより豊かなものにしています。

『ちひろさん』場面写真
(C)2023 Asmik Ace, Inc. (C)安田弘之(秋田書店)2014
写真12枚
『ちひろさん』場面写真
(C)2023 Asmik Ace, Inc. (C)安田弘之(秋田書店)2014
写真12枚
『ちひろさん』場面写真
(C)2023 Asmik Ace, Inc. (C)安田弘之(秋田書店)2014
写真12枚

そんな作品の中心にタイトル・ロールの“ちひろ”として立っているのが、主演の有村さんなのです。

ちひろ役を有村架純が演じる必然性

主演の有村さんといえば、『どうする家康』でヒロイン・瀬名を好演中ということもあり、もっとも幅広い層に知られている俳優の1人だといえるのではないでしょうか。

『ちひろさん』場面写真
(C)2023 Asmik Ace, Inc. (C)安田弘之(秋田書店)2014
写真12枚

昨年はドラマ『石子と羽男-そんなコトで訴えます?-』(TBS系)にて主演を務め、映画『前科者』で主演を、『月の満ち欠け』ではヒロインを務めていました。大人気となった朝ドラ『ひよっこ』(2017年/NHK総合)でヒロインを務めていたこともあり、いまや国民的な俳優の1人といっても過言ではないでしょう。時代劇から現代の若者を象徴するようなキャラクターにまで適応し、各作品を“話題作”へと押し上げることに貢献してきました。いまのこの時代に、俳優・有村架純はなくてはならない存在なのです。

深みをもたらす演技のグラデーション

本作で演じるちひろは、有村さんこそが演じるべきキャラクターだと思います。ちひろの存在があってこそ、街の人々は言葉を交わし、想いを伝え合い、物語は駆動していきます。

『ちひろさん』場面写真
(C)2023 Asmik Ace, Inc. (C)安田弘之(秋田書店)2014
写真12枚

つまり、人々の中心に立って交流を促す、なくてはならない存在なわけです。そこから生まれる物語が観客の関心を引き続けられるのかどうかは、中心人物を誰が演じるのかにかかっています。海辺の街を舞台に繰り広げられるのは、どこにでもありそうな物語。やはり中心に立つ者は私たちと同時代を生きる、この時代を代表するような人物でなければならないでしょう。

『ちひろさん』場面写真
(C)2023 Asmik Ace, Inc. (C)安田弘之(秋田書店)2014
写真12枚

ちひろは慈悲深い存在ですが、聖人ではありません。あくまでも、私たちが目の前にしているこの日常のどこかに生きているのであろう1人の女性です。ときに厳しく、ときに優しく、ちひろはどんな相手のことも受け入れていきますが、それは彼女が深く傷ついた経験があるゆえの包容力があってのこと。いつも微笑を湛えているものの、ふとそこに陰のようなものが差し込むことがあります。

それは表情にかぎらず、発する言葉の調子や視線の動きにも見られるもの。有村さんの演技のグラデーションが、何よりも本作に深みをもたらしているのです。

ちひろが私たちの背中を押してくれる

さて、本作はただ漫然と眺めていても楽しい作品ですが、やはり私たちがそれぞれにテーマを見出したいもの。食事のシーンは“食べること”の幸福を教えてくれますし、登場人物たちの交流を見るにつけ、人と人との出会いの尊さを噛み締めずにはいられないでしょう。そして登場人物の誰もが抱える孤独感は、あなたも身に覚えがあるものかもしれません。

『ちひろさん』場面写真
(C)2023 Asmik Ace, Inc. (C)安田弘之(秋田書店)2014
写真12枚

筆者が本作から見出したテーマは、“いまを肯定する”というものです。いつまでも過去に囚われていたり、あるいは過去がほんの少し違えば別の現在があったのかもしれないと思いを馳せてみたり。筆者もそんな日々を重ねていますが、それではキリがない。やっぱり、いまが一番いいのだと心から思いたい。

過去のよいことも悪いことも全部ひっくるめて、現在の自分がある。さまざまな経験によって、人間は構成されている。傷ついた経験のない人なんて、いないでしょう。孤独を抱えながらも人々を照らすちひろの姿に、いまを生きる私たちもまた背中を押されるのです。

映画『ちひろさん』

2月23日(木・祝)Netflix世界配信スタート&全国劇場にて公開
配給:アスミック・エース

◆文筆家・折田侑駿

文筆家・折田侑駿さん
文筆家・折田侑駿さん
写真12枚

1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。https://twitter.com/yshun

●“全員主役級”の中で阿部サダヲが主役の任を貫徹 映画『シャイロックの子供たち』で見せた“陰と陽”の演技

●重責を課された二宮和也、映画『ラーゲリより愛を込めて』で硬軟自在な演技者であることを証明

関連キーワード