
ライター歴30年を超えるベテランのオバ記者こと野原広子(66歳)。昨年、母の死、自身の大病などを経験。そして最近は心臓にも不安を抱えるようになった。考え始めたのは「終活」――。今回は「お金」の不安について。オバ記者が綴る。
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心臓の発作の度に「一巻の終わりか」
「うあっ、何これ! 苦しい。もうダメ? 私、死ぬの?」
心臓が激しく震えて呼吸困難になる心房細動の発作が起こると、とっさにこんなことを思う私。実際は薬で発作さえ押さえてしまえば、「登山だってできます」と私のかかりつけ医は言うんだけど、同時に「発作の時間は1秒でも長引かせないでください。心臓が疲労すると面倒なことが起きます」と釘をさすのを忘れないんだわ。

面倒なこと、とは心臓でできた血栓が脳に回って脳卒中になること。そうならないために血圧がサラサラになる薬をのみ始めた。6年前のことだ。だけど薬をのんでも、お酒を飲んだり、長湯をすると「うっ」となることがある。これで一巻の終わりかと、そのたびに思うわけよ。
人は生まれて生きて死ぬ。弟、両親と愛猫の死をこの5年の間に身近でみてきた私は、その前よりずっと「私の死」が具体的に感じられるようになったと、そんな話を、元仕事仲間だったTくん(39歳)に話したんだわ。Tくんは出版業からすっぱり足を洗って、いまは外資系保険会社の営業マンをしている人。

不安を軽くするような保険?
「60過ぎて何より怖いのはお金がないのに長患いすることだけど、いまさらコツコツ貯金をしてもたかが知れている。11歳年下の弟の世話になるようなことは死んでもイヤだしなぁ」と愚痴ったわけよ。そうしたら「ふむふむ。じゃあ、野原さんの不安を軽くするような保険を提案させてください」と言うんだわ。

Tくんのサラッと言った「提案」という2文字のなんとやさしいこと! まぁ、職業柄といえばそれまでなんだけど、老いの不安をちょっとでも口にすると、その不安をぐるぐるかき回すようなことをとっさに言う人に苦しめられてきた私は、お腹の腹筋が一気にゆるんじゃった。
手術前に“不安細胞”が増殖
66歳の不安をかきたてるのはどんな人か。モノのあわれがわからない若者が言うならわかるけど、決まって中高年よ。
去年の秋の手術後のこと。術後、2週間は湯舟に体を沈めてはいけませんと医師から言われている。「だからお風呂のふちに座って足から少しずつ太ももくらいまでお湯の中で温めているんだけど、湯面を見ているとふとこのスッポリとお湯の中に身を沈めたくなっちゃうんだよね」と7歳年上のR子さんにLINEで訴えたら、「手術してちょっとボケたか?」と返ってきたの。

12日間の入院中はシャワーだけは仕方ないとしても退院したあと2週間もお風呂に入れないのはつらい。「だよねぇ。お風呂に入れないのはきついよね」くらいのことを言ってもらえると思っていたのにな。
退院してきたばかりの私はとっさに「ボケたら仕事ができない。収入がなくなる。一巻の終わりだよ」と返したら、R子さんは「でもボケたら何もわからなくなるんだからいいじゃない」だって。73歳でお金持ちで健康そのもののR子さんはボケも死も現実感がないのよね。
ところがこっちはそうはいかない。子宮と卵巣の全摘出手術をするまで丸2か月、「卵巣がんの場合、内臓にがんが転移している可能性があります」とか「お腹のリンパはおそらく全摘することになると思います」とか、医師からおっかないことを言われるたびに、“不安細胞”が増殖している。

幸い、今回の手術で診断された「境界性悪性腫瘍」は、“死ぬの生きるの”の病ではないけれど、65歳での大手術が体にダメージがないわけがない。持病の心房細動の発作も前より頻繁に起こすし、疲れやすいし、駅の階段はどんどん人に追い抜かれていく。そんな日々を送っている私に今できることは何か。
月々の保険料2万8325円は高めだが…
「ぼくは野原さんに貯金をしてほしいんです」
保険の提案書を前にTくんが開口一番言ったのがこれ。「貯金? いまさら遅くない?」と返すと、「そうでない保険があるんですよ」とキッパリ言うんだわ。
どんな保険か。月々の保険料は2万8325円と私の感覚からしたらかなりお高めだ。払えるかしら。そんな私の気持ちを見越してTくんは「貯金」と言ったのね。彼のすすめる生命保険は、死亡時は加入後ならいつでも500万円受け取れるというの。しかも投資型なので増える可能性もある。

「増えるんなら、投資に失敗したら減るだろうと思うでしょうが、満期まで保険料を払えば500万円の受け取りは保障されています」とTくん。それから私が払い込むお金と受取金の損益分岐点は何歳かなどなどあっさり、さっぱりと説明してくれた。途中解約をする場合、5年後なら約136万円、10年後なら約307万円。変額だから投資の成果で上下はしても、このくらい戻ってくるなら納得だ。
「もちろん途中解約するのもいいけれど、長生きして80歳まで働いて満期で500万円ブラス高配当を受け取りましょうよ」とTくん。
不思議よね。この保険に加入したら不安が台風一過の翌朝みたいに消えて、なんだか働く意欲がもりもり出てきたんだから。

つくづく私にとって生きるとは、こつこつ働くこと。そして少しの射幸心を暮らしの色どりにすることなんだと思ったね。若いときはこの射幸心がふくらみ過ぎて、ギャンブル依存症になったけれど、いまは積み立て式保険に付随するオマケくらいがちょうどいい。
そんな私にTくんは「でも元金にン百万円の配当がついたことも過去にありましたから、期待していいと思いますよ」と耳打ちしたの。
さ、さ、働こうっと。そしてお金のことは考えないことにして、次は終活の最難関、「断捨離」に手をつけようと思う。
◆ライター・オバ記者(野原広子)

1957年生まれ、茨城県出身。体当たり取材が人気のライター。これまで、さまざまなダイエット企画にチャレンジしたほか、富士登山、AKB48なりきりや、『キングオブコント』に出場したことも。バラエティー番組『人生が変わる1分間の深イイ話』(日本テレビ系)に出演したこともある。昨年10月、自らのダイエット経験について綴った『まんがでもわかる人生ダイエット図鑑 で、やせたの?』を出版。
【341】65歳オバ記者、考え始めた「終活」 きっかけは母の死、大病、そして心臓の“異変”