日本戦の中継視聴率は平均40%を超え、社会現象と言えるほど盛り上がった今年のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)。侍ジャパンの劇的な活躍に、全国各地の子供からお年寄りまで、「にわか野球ファン」を数多く生み出したことも話題でした。その一人であるライターの田中稲さんは、「野球」と聞いて思い出す名曲に岡本真夜(49歳)のデビュー曲『TOMORROW』を挙げます。その理由とは?
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時が経つのは早いもので、侍ジャパンのWBC優勝からもう半月が経った。しかし野球にわかファンの私ですら、いまだ興奮冷めやらず。特に、ずっと不調だった村上選手のサヨナラヒットから周東選手がスライディングするシーン(準決勝)と、ラストの大谷選手の投球は最高! よく効く栄養剤レベルの効果を発揮するので、毎日のように観ている。
「野球ってすげえなって。見てる人も野球ってすげえと思ったと思う」。会見で出た栗山監督の名言の通りだ。いやもう本当に野球ってすげえな!!
WBCだけではない。甲子園「春のセンバツ高校野球」では山梨学院が山梨県勢として初優勝。3月31日にはプロ野球シーズンが開幕。ああ、桜と野球がタッグを組んで春を連れてくる!
さて、みなさんが「野球」と聞いて一番に思い出す曲はなんでしょう。私はやはり岩崎良美さんの『タッチ』(1985年)が外せないのだが、同じくらい強く鮮やかに、岡本真夜さんのデビューシングル『TOMORROW』(1995年)が浮かぶのである。
この曲は、岡本さんが恋愛に悩むバイト仲間を励ますために書いたそうで、野球の歌ではない。が、不思議と聴くたびにユニフォームを泥だらけにし、涙と汗を流し、その数だけ強くなる球児たちの練習風景が見える!
それはきっと、1996年、第68回センバツ大会の入場行進曲でこの曲が流れたとき、あまりにも清々しく明るく、ぴったりハマっていたからであろう。当時野球にまったく興味がなかったにもかかわらずすごく覚えているので、我ながらよほど感動したのだと思う。
行進曲は、選抜大会の前年にヒットした曲から高校野球の選手入場にふさわしい曲が選ばれるのだという。なかには2003年大会の『大きな古時計』(平井堅)のように「ヒットしたとはいえなぜこれを!?」と世間をざわつかせたチョイスもあるのだが、いざ行進曲を聴くと、意外なほど活発に仕上がっており、さすがプロの技、と感動するのである。
ちなみに、私が勝手に選んだ近年のセンバツ行進曲ベスト3は、第3位が2007年大会の『宙船』(TOKIO)、第2位が2009年大会の『キセキ』(GReeeeN)。そして1位が『TOMORROW』。吹奏楽の音色とはまり、気持ちが奮い立つ!
「着地がまあるい」岡本真夜の歌声
『TOMORROW』は、シャンシャンと鐘が鳴り、「よいこと」を予想させるイントロからして神。そこから自然と「涙の数だけ……」と口ずさんでしまう。
この歌がリリースされた1995年は、阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件が続いて発生し、世の中に不安な空気が濃く漂っていた頃だ。特に震災後は、ラジオでこの曲をリクエストする人がとても多かったという。時代がこの歌を求めたと言っても過言ではなく、177万枚の大ヒットとなった。
私も震災時兵庫にいて、怖いからこそ音楽のありがたさも再認識した。この歌を聴くと、不思議と足取りが軽くなる。岡本さんの声は言葉の着地がまあるいのだ。必死で頑張って、頑張って、頑張り過ぎている心に、「大丈夫だよ」という最高の「ほっ」という安心感と、「ふんっ」という新しい力をくれるイメージだ。
実は岡本さんは当初、ライブ、テレビ、ラジオのいずれにも出演しない予定だったそうで、デビュー曲『TOMORROW』のジャケットも鼻から下しか映っていない。結局大ヒットとなり、歌番組に出ざるを得なくなり、その年の「NHK紅白歌合戦」に出演することになったという流れ。
リリースは5月だったので、なんと7か月越しの初顔見せ、初生歌! ただ、歌と彼女のやわらかな雰囲気がとてもマッチしていたので、「えっ、こんな人だったのか!」という衝撃はなく、とても自然に聴くことができたことを覚えている。
この曲以外も、『FOREVER』(1996年)や『星空の散歩道』(1997年『サヨナラ』のC/W曲だが名曲!)など、繊細なのに不思議なおおらかさがあって、聴いていると気持ちが、羽根が舞うときのようにふわふわゆっくり横揺れしながら上がっていく。いつもは強がって隠している「ひとりぼっちの寂しい気持ち」をポロッと吐露したような『Alone』(1996年)は私の真夜フェイバリットソング。今聴くと特に、歌われている「公衆電話」「テレフォンカード」というなつかしさも込みで、胸にグッとくる!