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願い、衝動、愛とわがままとアドレナリン…B’zの世界は昔も今も、ずっとこの手から離れない

デビュー35周年を迎えたB’z(右上から時計回りに『ultra soul』、『MOTEL』、『太陽のKomachi Angel』)
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1988年のデビュー以来、日本の音楽シーンを席巻し続けるB’z 。シングル15作品、アルバム19作品がミリオンセラーとなり、2008年には「日本でもっともアルバムを売り上げたアーティスト」としてギネス世界記録に認定されました。6月からは、全国14か所をめぐる35周年記念ライブツアー「B’z LIVE-GYM Pleasure 2023 -STARS-」がスタート。B’zを聴くと「生命力のボタンが押される」というライター・田中稲さんが、稲葉浩志による「詞」と、松本孝弘による「曲」の魅力の数々を綴ります。

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突然「会場に集まった100人全員の心を5秒くらいで一つにまとめ、なおかつテンションをぶち上げてほしい」というむちゃくちゃな指令を受けたらどうするか──。非常に難しいが、誰でも簡単にでき、しかも高い確率で成功する方法が一つある。

「ウルトラソウル!」とB’zの『ultra soul』のサビを叫ぶのである。

ほぼ全員が反射的に「ハイッ!」と大声で返し、しかもテンションを上げるだろう。かかる時間、なんと約3秒! 聴けば元気が出る名曲は数々あれど、ここまで即効性のある歌はなかなかない。歌う側が照れたら台無しなので、稲葉さんになり切ってシャウトするのが大前提だが。

私も昔、仕事で大失敗し、底の底まで落ち込んでいたとき、ラジオから流れてきた「ウルトラソウル!」の叫びに、「ハイッ……」と弱々しい声ながら反応してしまった。それで我に返り「まだ大丈夫だ、いける」と立ち直った経験がある。

しかし『ultra soul』というのはなかなかのパワーワードである。実は最初の案は「ウルトラ」ではなく「アイアン」だったそうだ。アイアン! 試しに叫んでみよう。「アイアンソウル! ハイッ!」——。なるほど、これも悪くないではないか。ただ、マーベル風味を感じる。昭和生まれの私としてはやはり円谷テイストな「ウルトラ」に一票である。

『MOTEL』は1994年発売
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最高にカッコいいのに目線はルーザー寄り

B’zの素晴らしさは、『ultra soul』にもあるように、歌詞の主人公がいい感じでチャラっぽくしているけど真面目でいいヤツでちょっぴりダサいところである。前向きだけど、不安や悩み、失敗や失恋の過程もそりゃもう素直にぶちまけてくれる親近感!

最近の音楽は意味があまりわからないという80代の母が「 B’zはわかりやすい」と太鼓判を押す言葉選びも秀逸だ。シニア世代、歌謡曲ファンにも響く日本語をいっぱい盛り込み、パフォーマンスもテクニック的にも神レベルと呼ばれる二人が、夢や恋を追う側、もしくはルーザーのもどかしい気持ちをシャウトしてくれる。このバランスが神!

ラブソングもフラレる、追う側が多いのがいい。『孤独のRunaway』は知らないうちに部屋から出ていかれているし、『恋心‐KOIGOKORO−』なんて、好きな人に話しかけるタイミングがわからずオロオロ腰が引けている。青春!

『MOTEL』は何度聴き返したことだろう。「ひとりじゃーないから〜!」の演奏がピタッと止まるところは毎回動悸が早くなる。切なすぎて! うしろめたさ全開、演歌的な湿気がたっぷりの歌詞も最高だ。

『ギリギリchop』という昭和のプロレス技を彷彿とさせるタイトルをロックにぶち込む勇気もすばらしい。崖っぷちをさらにつま先立ちで歩いている後のなさとヤケクソ感が出ている!

司会者泣かせのロングロングタイトル『愛のままにわがままに 僕は君だけを傷つけない』は、イントロのヒャララララ〜ラララ〜ラ〜ラ♪から「来るぞ来るぞ……」と心を煽られ、チェケチェン! というギターの合図で爆発するように始まる演奏の流れはもはや発明。さらに稲葉さんが君と僕だけは何があっても消えないで! と一途な愛と歌ってくれるのだ。隙のない布陣!

『太陽のKomachi Angel』も事件だった

ブレイクのきっかけとなった5th『太陽のKomachi Angel』も事件だった。CDショップで初めてこのタイトルを見たときは正直「ダサッ」と思ったものだ。小町&天使の二重褒め攻撃はどうなのだろう、と。

作曲担当の松本孝弘さんもこの歌詞は驚いたそうだが、そこはさすが天才。エーンジェール! の部分をコールっぽくすることでアグレッシブに変貌。惚れている女性に向けて、そりゃもう惜しみなくエールを送っている様子が見えてくるナイスな歌詞となった。今ではKomachiとAngel、どちらも失くしてこの曲は考えられない。We can say!

ブレイクのきっかけとなった『太陽のKomachi Angel』(1990年発売)
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ギラギラしたサウンドと声に乗るどこか懐かしい言葉と、溢れるワビサビ。しゃくり上げる歌声にたまらない色気と哀愁を感じ、心が色を変えていく。9th『ALONE』は、聴いているだけで夕日がオレンジから赤、赤から紫、深いブルーに変わっていく景色が見える。

2004年には37thシングル『ARIGATO』がアテネオリンピックのテーマソングになっていた。「ありがとう」は温かく大切な言葉だが、ロックのノリにはなかなか使いにくいであろう字面である。そこを「Thank you」にせず、あえてローマ字表記ながらそのまま使っていることに、ああ、この人は日本語の響きがすごく好きなのだなあと思った。

普通の感覚をなくさない

B’zの歌は、憧れられるより憧れること、愛されるより愛することを歌っているように感じる。そしてなにより怖がりだ。大好きな人が去ってしまう寂しさ。嫌われる怖さ。都会で味わう孤独。人と関わることでどうしても出てくる罪悪感。それが心の闇やトラウマに変わる前に、いろんな諺とか、言い訳とか、周りの景色の美しさとか、支えになりそうなものを全部総動員して、なんとか自分を鼓舞し、手を伸ばす。それがいい!

2007年にはアジア出身として初めてアメリカのロック殿堂入りを果たした(AFP=時事)
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著名人の人生を紐解くYahoo! JAPANのインタビュー『RED Chair』シリーズで、稲葉浩志さんは、学生時代は目立たず、自分はとても「普通」であると答えていた。トップを走っていても、その感覚がしっかりあることに驚いた。

なるほど、だからB’zの世界は昔も今も、ずっとこの手から離れない。

日常こそ最高のドラマ、もどかしさはパワー! 願い、前に進もうとする衝動と、マグマのように出てくる愛とわがままとアドレナリン。

すべてが詰まったB’zの曲は「生命力のボタン」さながら。

さあ、一緒に押しましょう! ウルトラソウル! ハイッ!

◆ライター・田中稲

田中稲
ライター・田中稲さん
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1969年生まれ。昭和歌謡・ドラマ、アイドル、世代研究を中心に執筆している。著書に『昭和歌謡 出る単 1008語』(誠文堂新光社)、『そろそろ日本の全世代についてまとめておこうか。』(青月社)がある。大阪の編集プロダクション・オフィステイクオーに所属し、『刑事ドラマ・ミステリーがよくわかる警察入門』(実業之日本社)など多数に執筆参加。他、ネットメディアへの寄稿多数。現在、CREA WEBで「勝手に再ブーム」を連載中。https://twitter.com/ine_tanaka

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