
17年間の専業主婦を経て、外資系企業で働く薄井シンシアさんは、先日65歳になった。自分の意思で運命を切り拓いてきたシンシアさんは、これから先の17年間に向けても着々と夢やアイディアをあたためている。フィリピンに「老人村」を開く? 高齢者に仕事のあっせんをしたい? シンシアさんならではのユニークなアイディアや老後について聞いた。
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日本が人手不足なら、自分が人手のある国へ行く方が早い
私は結婚して17年間、専業主婦に専念しました。娘が米国の大学に進学したあとの17年間は再就職。食堂のおばちゃんやスーパーのレジ打ちを経て、一時は年収1300万円をもらうまでになりました。いま真剣に考えているのは、次の17年間の過ごし方です。
65歳だから、17年後といえば82歳。私が82歳になったとき、もしオムツを穿いていたら、おむつを替えてもらう人手が必要ですよね? でも日本は深刻な人手不足でしょう? 17年後にはオムツを替えてくれる人手が無いかもしれません。それなら、いっそのこと労働力がある国に行った方が良いと思いませんか?
まずはフィリピンにエアビーをつくる
私が生まれ育ったフィリピンのマニラには、仲の良い幼馴染がいます。彼女は9人兄弟なので、家族でゲーテッドコミュニティー(周囲を塀で囲い、セキュリティー対策をした住宅街)を買うそうです。その計画を聞いて、マニラなら日本よりも人手が多いから、いい案だな。私も自分のコミュニティーを作ろうかなと思いました。
でも私は石橋を叩いても渡らないような慎重な性格だから、いきなり何千万円もする物件を買おうとは思いません。フィリピンの幼馴染たちは、みんな広い家に住んでいるから、まずは友人達から1部屋ずつ部屋を貸してもらって、エアビー(民家の空き部屋を貸し出すサービスのこと)を始めたらどうかなと思いました。そうすれば、ゲーテッドコミュニティーで暮らしたい人たちが、そこで試しに暮らしてみることができます。
シェアハウスのパイロット版をつくり、ノウハウを売る
そして、ゆくゆくは不動産デベロッパーと相談して、私たちだけのシェアハウスをつくりたい。シェアハウスでは、財務や調理など、それぞれの特技を活かした役割分担をして暮らします。一方で、シェアハウスのノウハウを地元の人に教えつつ、うまく回せれば、年に何回か新しい入居者も迎えたい。それが成功してパイロット版ができれば、そのノウハウをビジネスモデルとして業者に渡すこともできるかなと考えています。

本当は日本で実現できたら良いけれど、日本にはもう労働力がないじゃない? 日本に労働力がないならフィリピンに行こう。フィリピンで自分の居場所を作ろう。そのために必要なお金は残してあります。
老人ホームに入るなら、元気なうちに
私の構想は、いわゆる「老人ホーム」みたいなものかもしれませんね。私は老人ホームに入るなら、自分が元気なうちに自分の意志で入りたいと思っています。フィリピンは日本と比べて人口も多いし、貧富の差があります。だから、シェアハウスの方が面倒を見てもらえる可能性が高いと思います。みんな老後を考えるけど、ふわっとしたままでしょう? 私は何が必要か、障害は何か、その原因や解決策は何かを具体的に考えます。
日本は少子高齢化で、外国から労働力を持ってこようとしています。でも、その手間を考えると、私が労働力のある場所へ行ってしまった方が早いでしょう? もし私が政治家なら、フィリピンに交渉して日本人村をつくって、本気で移住したい人を募集します。民間企業はしているかもしれないけど、本来なら、国が政策として考えるべき選択肢だと思います。
お年寄りへのアルバイトあっせんも
今年の5月で、私は65歳になりました。もし、そのまま再就職できるなら就職したほうが手っ取り早いかもしれません。でも週5日間、毎日8時間働き続けるのは体力的にきつくなってきました。いま私が出演している番組でも、アルバイトやパートが一つのトピックになっていますが、元気なお年寄りの多くはみんな働きたいんです。お金はそんなにいらないけど仕事をしたい。ただ、週5日間は働きたくないんです。

ただ、お年寄りは、若者がアルバイト探しに使っている「タイミー」や「バイトル」というウェブサイトを知らないから、仕事に就けない。だけど、私みたいな65歳以上にうまく仕事をあっせんできれば、もう少し人材を活用できるんじゃないかとも考えています。
お年寄り向けのYouTubeも
私は今まで、専業主婦の再就職に伴走していました。彼女たちを見ていると、「就職したいけど、子どもがまだ小さい。でも、やっぱり先に就職してしまおう」と振り切った人の多くは失敗しています。自分の限界を把握できていないから失敗する。
お年寄りの多くは、自分の限界をわかっているから「体力に自信がないのでフルタイムではなく、パートでいいや」と余裕をもって選ぶと思います。ただ、お年寄りには、その第一歩を踏み出す仕組みや環境が整備されていないし、その自信もない。
だから私はYouTubeチャンネルを始めようかなと思っています。私が働く様子を1週間分、動画に撮ってYouTubeに流す。それを見たら「なーんだ。65歳のおばあさんが、こんな仕事をできるなら、私にもできるんじゃないか」と思うお年寄りもいるんじゃないかと思っています。
今まで専業主婦の再就職支援をしてきたけれど、その蓄積は、お年寄りのマーケットにも広げられる。元気なお年寄りのマーケットにはビジネスチャンスが見えているんじゃないかなと感じています。私って、本当にビジネスチャンスを見つけるのが好きなんですよ。
老後の資金は考えず、計算する
年を取ればとるほど、体力が大事です。いくら頭が良くても体力が無ければやりたいことが実現しない。老後のお金が不安なら、考えるのではなく計算をすることも大事です。計算すれば具体的な数字が見えてきます。私の場合、一通り条件に合う老人ホームをリサーチして費用を計算しました。もし希望のホームに入るための貯金が足りなければ、あとどのぐらい働けば良いかがわかるでしょう?
みんな「不安だ、不安だ」と、ただぼんやりと考えているけれど、それでは前に進まない。お金は、あればあるほどいいでしょう? でも、そう考えていると、いつ仕事を辞めて良いかわからなくなる。いつ冒険できるかもわからないし、いくら投資するか、どれだけリスキーなものに投資できるかも判断できません。だから、お金については、「考えるのでなく、計算しようよ」といつも話しています。
◆薄井シンシアさん

1959年、フィリピンの華僑の家に生まれる。結婚後、30歳で出産し、専業主婦に。47歳で再就職。娘が通う高校のカフェテリアで仕事を始め、日本に帰国後は、時給1300円の電話受付の仕事を経てANAインターコンチネンタルホテル東京に入社。3年で営業開発担当副支配人になり、シャングリ・ラ 東京に転職。2018年、日本コカ・コーラに入社し、オリンピックホスピタリティー担当に就任するも五輪延期により失職。2021年5月から2022年7月までLOF Hotel Management 日本法人社長を務める。2022年11月、外資系IT企業に入社。65歳からはGIVEのフェーズに。近著に『人生は、もっと、自分で決めていい』(日経BP)。@UsuiCynthia
撮影/小山志麻 構成/藤森かもめ
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