家事・ライフ

《夫との死別をどう乗り越えたか》エッセイスト・半藤末利子さん「焼かれる前の頬ずりとキス」でお別れできた

高齢の母と娘の手をつないでいる手元のクローズアップ
心残りなくできた愛する夫と最後の別れ(写真/イメージマート)
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女性は男性よりも6年ほど平均寿命が長いため、女性の方が伴侶との永遠の別れを経験する確率が高い。思いもよらない病や事故で天寿を迎えてしまったら、別れを受け入れることすら時間を要する。エッセイストの半藤末利子さん(89才)は、愛する夫と最後のお別れができたことが支えになったという。

新型コロナ流行の真っただなか。夫の希望通り、葬式はやらず

「長くふたりきりで一緒に暮らしていたから、ひとりになって本当に寂しくて悲しくて、どうしようもなかったです」

そう語る、半藤さん。夫で作家の半藤一利さん(享年90)が体調を崩したのは2019年に酒に酔って転倒し、大腿骨を骨折したことがきっかけだった。

手術後にリハビリ病院に転院した後、下血などで入院期間は10か月に及んだ。退院後、何とか自立した生活ができていたが2020年の暮れに急激に体調が悪化して寝たきりに。

末利子さんが下の世話をすると、普段から夫婦間でも敬語を使っていた半藤さんは「もったいない」と涙をこらえながら、こう詫びたという。

入院ベッドに人が寝ている病室ぼかし
2020年の暮れに急激に体調が悪化して寝たきりに(写真/イメージマート)
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「あなたにこんなことをさせるなんて、思ってもみませんでした。申し訳ありません。あなたより先に逝ってしまうことも。本当にすみません」

その数日後、半藤さんは眠るように旅立った。折しも新型コロナ流行の第3波の真っただなかで、人々が集まることが禁止されていたため葬儀は行われなかったが、それは半藤さんの意向でもあった。

「主人は生前、“日本人は偉くなるとやたら大きな葬式をするが、あれは無意味だ”と言っていたから、大きな葬式をしたら怒鳴られると思いました。期せずしてですが彼の希望通り、葬式をやらないですんだのはありがたいことでした」(末利子さん・以下同)

生まれて初めてのひとり暮らし…夫の不在を実感して寂しくなる日々

末利子さんが兄の友人だった半藤さんと初めて会ったのは小学5年生のとき。戦争中、父の故郷である新潟県長岡市に疎開中の出来事だった。

戦後に再会し、27才のときに5つ年上の半藤さんと結婚して以来、ふたりの歩みはともにあった。

茄子の糠漬けが盛られた皿と箸置きと箸
夫は妻の作る糠漬けをつまみとして好んだ(写真/イメージマート)
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「悲しくてたまらず、いままでいたものがいなくなるのは喪失感がある。
ひとり暮らしをするのは生まれて初めてで、この家でふたりで笑って過ごしたことを思い出すとき、彼の不在を実感して寂しくなります」

夏目漱石の孫である末利子さんは結婚したとき、祖母が漱石の家に嫁ぐ際に持参した「糠床」を嫁入り道具として持参。お酒好きの半藤さんは妻の作る糠漬けをつまみとして好んだが、その糠床もいまは働き場をなくしている。

「漬けものってやっぱり誰かが“おいしい”って言うから漬けるわけで、自分ひとりのためにはやらないですよね。糠床はよくかき回さないとダメになっちゃうけど、食べさせたいと思っていた主人がいなくなったので、いまは漬けていません」

死を受け入れられたのは長く生きてくれたから

食事にはじまり、家事をすべて末利子さんに任せていた半藤さんが亡くなり、寂しさは日ごとに募る。

「寂しいけれど、毎日泣いて暮らすわけにもいかないでしょう。嫌だって泣き叫んでもどうにもなるものではないですから、自然のこととして受け止めるしかありません」

そうして寂しさを抱えながらも夫の死を受け入れることができたのは、男性の平均寿命を超えた大往生だったことが大きかったと末利子さんは続ける。

「本当に最後、少しだけ介護しましたが、彼がもっと長生きして私の体力が持たなくなったときのことを想像すると怖さもあります。だから、私が弱ってしまう前に自然に逝ってくれたことはすごくありがたいことだったとも思う。周囲にも迷惑をかけずにすみました」

葬儀はしなかったが、愛する夫と最後のお別れができたことも、末利子さんの支えとなった。

「火葬場で焼かれる前に、彼と向き合うことはかろうじてできました。焼かれてしまったらもう触ることができないから、頬ずりしてキスをして手を握りしめ、彼の上半身を上からそっと抱きしめました。最後にそんなお別れができたので、悲しいけれど心残りはなかったです」

◆エッセイスト・半藤末利子さん

1935年東京都出身。作家の松岡譲と夏目漱石の長女・筆子の四女として生まれる。末利子さんが小学生時代から旧知だった作家の半藤一利さんと結婚。2021年、半藤さんは老衰で死去。近著に『夏目家のそれから』(PHP研究所)、『硝子戸のうちそと』(講談社)などがある。

※女性セブン2024年9月26日・10月3日号

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