疲れがたまっていると、家事や仕事のパフォーマンスが落ちるなど、不調までいたらなくても日常生活に支障をきたしてしまう。漢方医学にも詳しい薬剤師の山形ゆかりさんは「秋が訪れる時期には、夏の間の食生活や蓄積した疲れなどの影響で『気(エネルギー)』が不足します。これが、慢性的な疲れを感じやすくなる理由です」と話す。そこで山形さんから慢性的な疲れについて漢方医学をふまえて解説してもらうとともに、解消するためのセルフケアや食事、漢方薬について教えてもらった。
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慢性的な疲れは「気(エネルギー)」不足が原因
慢性的な疲れについて漢方医学では、内臓や器官などを動かすのに欠かせない「気(エネルギー)」の不足が原因だと考えられています。
「気」は、飲食物を消化、吸収したり呼吸で肺に酸素を取り入れたりすることで作られます。
しかし、偏った食生活やストレス、冷えなどで消化・吸収に関わる「胃」や「脾」の機能が落ちると、「気」が不足した「気虚(ききょ)」の状態になり、やる気の低下や倦怠感などを引き起こすのです。とくに、冷たいものを摂りすぎると冷えや過度の水分に弱い「脾」の機能が低下しやすくなります。
また、気虚になると消化・吸収機能がさらに低下し、全身に栄養を行き渡らせる「血(栄養)」の不足も同時に起こりやすくなります。寝ても疲れがとれない、ずっと疲労感を感じているなどの慢性的な症状は、「血」が不足し、必要な栄養が体に行き渡らなくなって回復力が低下することが原因です。
慢性的な疲れを解消する方法
慢性的な疲れを解消するには、体の回復につながる睡眠と食事の習慣を意識しましょう。
睡眠の質を高める
睡眠の質を高める寝室の環境づくりのポイントは光、音、温度の3つです。
就寝前に明るい環境で過ごすと、眠りを促すメラトニンの分泌が抑制される一方で、就寝中の寝室が真っ暗だと不安感が生じて眠りが浅くなります。就寝前はできるだけ光の量を減らした環境で過ごし、就寝中は間接照明などを使用して物の形がうっすらとわかる程度の薄暗い環境を整えるのが理想的です。
テレビをつけっぱなしにするなど眠りを妨げる騒音は避けて、できるだけ静かな環境を整えます。無音状態では不安で眠れない人は、かすかに聞こえるくらいの音量で睡眠用BGMやクラシック音楽を流すといいでしょう。
また、布団の中の温度が高すぎたり低すぎたりすることも、寝付きの悪さや中途覚醒などにつながります。寝床内の温度は33℃程度にするとよいとされているので、布団の素材や毛布、パジャマなどで調整しましょう(厚生労働省e-ヘルスネット「快眠のためのテクニック -よく眠るために必要な寝具の条件と寝相・寝返りとの関係」https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/heart/k-01-003.html)。
寝付きが悪いときは無理に寝ようとせず、一度起き上がって、ラベンダーやネロリ、オレンジスイートなどのアロマを香らせる、ホットアイマスクで目のまわりを温める、マッサージや軽いストレッチをするなどのリラックスできる行動を試してみてください。
いい睡眠がとれなかったと感じるときや昼間に眠気が出る場合に15分程度の昼寝をするとよいでしょう。長時間の昼寝は夜の寝付きを悪くするなどの悪影響を及ぼしますが、短時間であれば睡眠リズムを乱さず、夜の睡眠への影響を避けられます。また、夜間の中途覚醒を減らす効果が期待でき、夜の睡眠の質を高めることにつながります。
朝食を7〜9時の間に食べる
漢方医学では、「胃」や「脾」が活発な時間帯に食事を摂ると、効率的に飲食物から「気」が作られ、慢性的な疲れの回復に役立つと考えます。
「胃」の働きが活発になる7〜9時の間は飲食物を消化しやすい時間帯のため、朝食はこの時間帯に食べるのがよいです。和食は温かく消化のよいメニューが多いので、胃の負担が減ってさらに消化効率がよくなります。
9〜11時は「脾」の働きが活発になる時間帯です。「脾」は飲食物の消化、吸収を高め、「気」や「血」、体を潤したり老廃物を排出したりする「水(水分)」を体全体に行き渡らせます。なお、「脾」は冷えや過度の水分に弱いため、この時間帯は冷たいものや大量の水分をとることは避けましょう。
胃腸に負担をかけない食事
慢性的な疲れによって弱っている胃腸に負担をかけない食事をすることも大切です。
たとえば、温かいものや胃腸の消化機能を助ける消化酵素が含まれた食材、消化に負担がかからない献立などが適しています。温かく消化しやすいおかゆを朝食にしたり、消化酵素が含まれる大根やかぶ、長いも、りんごなどを生食で献立に取り入れたりするのがおすすめです。
逆に、豚バラ肉などの脂を多く含むものや香辛料を多く含む辛いもの、糖分の多い甘いもの、氷を入れた飲み物などの冷たいものは、胃腸に負担がかかります。
「疲労回復にはたくさん食べないといけない」という考えは、胃腸の働きが低下している状態では逆効果になります。胃腸を休めるには、食事の量をあえて減らすのも有効な手段です。
慢性的な疲れが続くときに取り入れたい食材
弱った「胃」や「脾」の働きを高める食材には、秋に旬を迎えるじゃがいもやにんじん、かぼちゃなどの糖質を多く含むものが挙げられます。「気」を補ういわしやうなぎ、豚肉、牛肉なども「胃」や「脾」を養う食材ですが、消化の負担を減らすために脂の多い部位は避けたほうがいいでしょう。
また、漢方医学ではすべての食材は五性(寒性、涼性、平性、温性、熱性)に分類され、性質によって体への作用が異なると考えられています。
「脾」は温かさを好むため、体を温める作用のある温性や、温性よりさらに作用の強い熱性の食材を取り入れるのも働きを高めるのに効果的です。温性の食材であるしょうがやねぎ、にんにく、熱性に分類されるこしょうやシナモンなどを、「胃」や「脾」を養う食材と組み合わせて食べましょう。
慢性的な疲れの改善は漢方薬も役立つ
慢性的な疲れを改善するには、「消化・吸収の機能をよくして、足りない栄養を補う」「血流を促して、体の必要なところに栄養を届ける」などの効果がある漢方薬を選び、「気」を補います。
おすすめの漢方薬
・補中益気湯(ほちゅうえっきとう)
胃腸の働きを活発にすることで、体力や気力を充実させます。体が弱り、強い倦怠感がある人に向いています。
・十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)
栄養を補い血流をよくすることで体の隅々まで栄養を与え、疲労や貧血などを改善します。慢性的な疲労や食欲不振、手足の冷えのある人に向いています。
漢方薬を始める際の注意点
漢方薬は食事の工夫などでは不調が改善しなかった人でも、効果を感じる場合が多くあります。
ただし、漢方薬はその人の体質に合っていないと、よい効果が見込めないだけでなく、副作用が起こることもあります。自分に合う漢方薬を見つけるために、服用の際は漢方に詳しい医師や薬剤師に相談するのが安心です。
◆教えてくれたのは:薬剤師・山形ゆかりさん
やまがた・ゆかり。薬剤師・薬膳アドバイザー・フードコーディネーター。病院薬剤師を経て食養生の大切さに気付き、薬膳アドバイザーとしても活動する。牛角・吉野家他薬膳レストラン等15社以上のメニューを開発。そのほか、症状・体質に合ったパーソナルな漢方をスマホ一つで相談、症状緩和と根本改善を目指すオンラインAI漢方「あんしん漢方」(https://www.kamposupport.com/anshin1.0/lp)で薬剤師を務めている。
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