
自分が健康かどうかを測る指標のひとつに健康基準値がある。「正常」の範囲を大きくはずれれば“不健康”と見なされる。しかし本当にその数値だけで判断していいのだろうか。盲信しすぎると、かえって体を壊すこともあるのだ。【前後編の前編】
今年8月、日本高血圧学会は「高血圧管理・治療ガイドライン2025」を6年ぶりに改訂した。主な変更内容は75才以上の高齢者を対象に、収縮期血圧(上の血圧)の降圧目標が「140mmHg未満」から「130mmHg未満」へと引き下げられたこと。もともと75才未満の目標値は「130mmHg未満」のため、これにより年齢に関係なく一律130mmHg未満を目指すことになったが、この改訂に専門家たちは強い懸念を示している。
東海大学名誉教授で健康診断の数値に詳しい大櫛陽一さんは、今回の引き下げは「危険だ」と指摘する。
「目標値を下げれば、いまより多くの人が“高血圧患者”にされ、治療を受けることになります。本来は降圧治療が必要ない人でも薬をのむ人が増え、そうなると副作用のリスクも増える。高齢者ではふらつきや転倒、さらには脳梗塞のリスクになるので注意が必要です」
精神科医の和田秀樹さんもこう断言する。
「実は数値を高いまま放置するよりも、下げる方が健康に悪影響を及ぼしやすい。しかし、日本の多くの医師は、下げることによる問題をあまり把握していません。
改訂のいちばんの問題は『一律130mmHg未満』とした根拠が明確でない点にある。日本人を対象にした大規模な比較調査は行われておらず、なぜ変更したのか科学的な裏付けがとれていません」
《血圧》降圧剤をのむと“脳のゴミ”がたまる
人は年齢を重ねれば血圧が上がる。それを“異常”と決めつけること自体が間違いだと大櫛さんは言う。
「高血圧は“病気”ではなく、体の“症状”です。高血圧だからといって、一律に薬をのむ必要はありません。高齢者の血圧が高くなる原因は、ほとんどが加齢によるもの。老化で硬くなった血管に対抗して、強い血圧で体のすみずみまで血液を送ろうとするための自然現象です」
今春、降圧剤をのみ始めた夫が肩を骨折したと話すのは、埼玉県在住のMさん(62才)だ。
「夫の血圧が140mmHgを超え、かかりつけ医に高血圧だと言われて薬をのみ始めたのですが、直後に路上で転倒し、手術を受けました。急に意識が遠のいたらしく、私は絶対に薬のせいだと思って医師に訴え、薬を減らしてもらいました」
本来であれば必要のない人が降圧剤をのむリスクについて大櫛さんが指摘する。
「低血圧によるふらつきや転倒のほか、脳梗塞のリスクが上がり、寝たきりにもなりやすい。最近問題視されているのは認知症のリスクです。降圧剤で脳の血流が低下すると、“脳のゴミ”であるアミロイドβやタウタンパク質が蓄積しやすく、認知症の発症リスクが高くなります。アメリカでは、すでに降圧剤をのんでいる人が服用量を減らすと認知症を抑えられたという論文が出ています。
もちろん、心不全や眼底出血など、高血圧で持病が悪化する恐れがある人はのまなければいけません」

薬で血圧を下げると、病気を見逃す恐れもある。
「高血圧の多くは加齢に伴う正常な変化ですが、裏に病気が隠れていることもある。血圧が上がる原因の5〜14%に『副腎皮質腫瘍(原発性アルドステロン症)』という病気があり、悪性腫瘍の可能性もある。ただの高血圧だと思って降圧剤で血圧を下げていたら悪性腫瘍を見逃し、命を落とすこともありうるということ。高血圧の原因を調べないで降圧剤を服用すると、かえって命を縮めることになります」(大櫛さん)
和田さんも強調する。
「降圧剤の中には、使用中は運転など危険な作業をしてはいけない『運転禁止薬』に指定されているものがたくさんある。意識がもうろうとして交通事故につながるケースもあるので注意が必要です。血圧は250mmHgくらいになっても、血管が破れることはほぼありません。しかし、下げすぎると転倒や事故につながり、30mmHgまで下がれば亡くなってしまいます」
つまり、数字だけ信じて「下げれば健康になる」と安易に考えてはいけないのだ。

(後編へ続く)
※女性セブン2025年10月30日号