菊地凛子さん(42歳)が主演を務めた映画『658km、陽子の旅』が7月28日より公開中です。俳優として国際的に活躍する菊地さんが初めて日本映画での単独主演を果たした本作は、1人の女性が郷里へと向かう刹那的で途方も無い旅路を綴ったもの。主人公の心の模様が静かに描き出される、そんなロードムービーに仕上がっています。本作の見どころや菊地さんの演技について、映画や演劇に詳しいライターの折田侑駿さんが解説します。
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菊地凛子と熊切和嘉監督が22年ぶりに再タッグ
本作は、『バベル』(2006年)や『パシフィック・リム』(2013年)などの代表作を持ち国際的に活躍する菊地さんが日本映画において初の単独主演を務め、『武曲 MUKOKU』(2017年)や『#マンホール』(2023年)などの熊切和嘉監督がメガホンを取ったロードムービー。
オリジナル映画の企画コンテスト「TSUTAYA CREATORS’ PROGRAM 2019」の脚本部門で審査員特別賞を受賞した室井孝介さんのオリジナル脚本を原案としています。
菊地さんと熊切さんのタッグといえば、2001年公開の『空の穴』以来22年ぶりのこと。独自のキャリアを築き上げてきた俳優と監督の才能が、およそ20年以上もの時を経て再び交差しているのです。
故郷・弘前へと向かう孤独な魂の旅
42歳の独身で、青森県弘前市出身の陽子(菊地)。夢破れて20年数年が経つ彼女は、なかば人生をあきらめ、社会から孤立した日々を過ごしています。
そんな彼女のもとへ、父の訃報が届きます。かつて夢への挑戦を反対されたことをきっかけに、この父娘は20年以上も疎遠でした。
陽子は従兄とその家族に連れられて車で弘前へと向かいますが、途中のサービスエリアでのあるトラブルによって、なんと置き去りにされてしまうことに。
彼女には所持金もほとんどなく、スマートフォンも持っていない。名前も知らぬ人々が往来する中、頼れる人間だっていない。しかし、亡き父の出棺まで時間がありません。
故郷へと帰ることを迷いながらも、やがて陽子は自らの意志でヒッチハイクによって弘前へと向かい始めます。ふいに現れる若き日の父の幻を追いかけるようにして……。
陽子の旅路を彩る人々
陽子は故郷である弘前までの旅路の中で、さまざまな人たちと出会い、あるときは悪意ある冷たさに傷つき、またあるときには温もりに触れて癒やされます。そんな周囲の人々の役を、多彩な顔ぶれが担っています。
陽子に父の訃報を伝え、彼女を弘前へと連れて行こうとする従兄の茂を演じているのは、音楽の世界に軸足を置きながら、俳優としても独自のカラーを放つ竹原ピストルさん。熊切監督作である『青春☆金属バット』(2006年)で俳優デビューを果たし、その後も『海炭市叙景』(2010年)などの熊切作品を支えてきた彼が、今作では陽子を旅に連れ出すという大切な役どころを担っています。
陽子が旅先で出会う人々の役には、黒沢あすかさん、見上愛さん、浜野謙太さん、仁村紗和さん、篠原篤さん、吉澤健さん、風吹ジュンさんらが配されています。ある人は陽子と同じようにヒッチハイカーであったり、またある人は車に乗せてくれる存在だったり。出番の多寡に関わらず、誰もがさまざまなかたちで陽子に影響を与える役どころです。
そして、ときおり陽子の前に現れる若き日の父の幻を、オダギリジョーさんが演じています。限られたシーンの中だけでも陽子との関係性を観客に示してみせるさまは、さすが映画俳優といったところでしょうか。もちろん、彼の役どころに対する菊地さんのアプローチがあってこそのものであるのは言うまでもありません。
そんな座組を率いているのが、菊地凛子さんというわけです。