無傷でいてはいけない
本作について、“私たち観客も無傷ではいられない”と先述しました。いや、正確には、『市子』を観て無傷でいてはいけないと思うのです。
これは、愛する人にも真実を告げられないほどの秘密を抱えて生きる女性の物語で、フィクションです。私たちはすぐに他者のことを分かった気になり、決めつけてしまいがちではないでしょうか。ネット上にはそういった言動が散見されます。
しかし誰にだって蓋をしておきたい過去や、絶対に口外できない秘密というものがあるはず。他者が傷ついていることを敏感に察し、自らも一緒に傷を負えるように生きたいと思うばかりです。たとえそれが何の救いにならなかったとしても。
◆文筆家・折田侑駿さん
1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。https://twitter.com/yshun