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《いつまでも聴けるわけじゃない?》華やかなカリスマなのに実直さを併せ持つ歌姫・安室奈美恵 楽曲「サブスク撤退」で思い出した「音楽のありがたみ」

サブスク撤退は寂しいが、「CDを手に取る感覚」「音楽を手元に置いておく大切な気持ち」を思い出させてくれた
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多くのファンに惜しまれつつも2018年9月に引退、25年以上に及ぶ活動に終止符を打ったアーティスト・安室奈美恵さん。引退から4年後の昨年11月、Apple MusicやSpotifyなどのサブスク(定額制音楽配信サービス)から安室さん単独の楽曲が削除され、YouTubeの公式チャンネルも視聴できなくなったことが話題になりました。「改めて、CDなど音楽メディアの価値を考えるきっかけとなった」というライターの田中稲さんが、「今聴きたい安室さんの楽曲」について綴ります。

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ずっとあると思うな、親と金とサブスクの音楽——。初めてサブスクに登録したとき、「手元に残らないあやふやな感覚」をあんなに感じていたのに、人間とは本当に忘れる生き物である。それを改めて思い出したのが、昨年11月20日付の報道で知った、安室奈美恵さんの楽曲の「サブスク撤退」であった。

もしかすると撤退ではなく、サブスク界の正月休みかもしれない。しかもちょっと早めの。そんな苦し紛れの希望を持ったが、正月があけても配信は復活していなかった。

ということで、昔購入したアルバム『SWEET 19 BLUES』(1996年)など計7枚を、魔窟化している押し入れから掘り起こす作業を現在進行中である。売ってしまったか。いやいや、もう少し探そう……。 X(旧Twitter)などのコメントを見ると、同じ状況の人が多数いらっしゃると思われる。

自身2枚目のオリジナルアルバム『SWEET 19 BLUES』(1996年)は300万枚超えのメガヒットを記録
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私は全シングル、アルバムを追う大ファンではなかったけれど、それでも、彼女には何度も何度も励まされた。時にはその太く甘い声に包まれ安心し、時には、歌とダンスが一体となったエネルギーに、ドスドス腹パンチされるような衝撃も受けた。

間違いなく華やかなカリスマ、圧倒的歌姫なのだが、同時に、すごく腕のいい伝統工芸の職人のような地道さや実直さも感じる、本当に魅力的なアーティストである。

時代に風穴を開けた『Body Feels EXIT』

安室ちゃんのブレイクは、1995年1月リリースの『TRY ME 〜私を信じて〜』(安室奈美恵 with SUPER MONKEY’S名義)。1995年といえば、戦後史の転換点ともいわれている。Windows95の登場でパソコンが一般に普及し、新たな文明の扉が開かれたけれど、経済の悪化は加速し、阪神・淡路大震災にオウム事件が起きるなど、世の中がどうなるのか不安で暗澹たる時代でもあった。

そんな空気を蹴り散らすように、不敵なデッデーデーデデッ…… というイントロに乗り、「そうよTRY ME!」と、激しく歌い踊る彼女は本当に鮮烈だった。私はもう、すでに『愛してマスカット』(SUPER MONKEY’S 4名義)などで安室ちゃんを認識していたけれど、カリスマ性が500レベルぐらい上がっていて驚いた。

『TRY ME 〜私を信じて〜』(1995年)は当時の不穏な世相を蹴散らすかのような楽曲だった
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鎧のようなパンツスーツ、死に顔メイク(すごい言い回しである)と呼ばれる、顔色が悪映えする化粧を施し、古い価値観を引きずる大人を尻目に、息切れ一つせず新時代を連れてきたのだった。

1995年11月には小室哲哉プロデュースの『Body Feels EXIT』がメガヒット。この『Body Feels EXIT』とは小室さんの造語らしいが、「身体(Body)」で「感じろ!(Feels)」、閉塞的な空気の「出口(EXIT)」を見つけるにはそれしかない、という意味だと勝手に解釈している。

当時の世相と、そのなかでエネルギーが暴発するような青春を送っていたギャルたちの気持ちを反映した素晴らしいタイトルではないか。

32枚目シングル『Baby Don’t Cry』はドラマ『ヒミツの花園』(関西テレビ・フジテレビ系、2007年)の主題歌としてヒット
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ヘッドホンで聴きたい安室曲ベスト1『Say the word』

安室ちゃんの楽曲は、ダンスが素晴らしいものももちろんいいが、ヘッドホンで聴いても、とても心地がいい。もっちりと甘く太い声は、母性を感じ、包み込まれるような気持ちになる。

『SWEET 19 BLUES』(1996年)、『Don’t wanna cry』(1996年)という初期作品も寂しさの中に温かさがあるし、2007年の『Baby Don’t Cry』は、歩幅を合わせて一緒に歩いてくれるやさしい足音が、声といっしょに耳にぺたぺたと心地よく聴こえてくるようで、ボーっと聴いてしまう。「泣かないで」「悲しまないで」と言いながらも、ホロッと泣く時間をくれる、それが安室ボイス!

私のベスト・ヘッドホン・安室ソングは2001年の『Say the word』。すばらしくシンプルで心強く、底力みたいなものをくれる。歌詞もおおらかで、縮こまっている背中がぐんと伸びるよう。作詞は誰だろう、と確認したら、安室奈美恵さん本人で驚いた。

安室ちゃんは、時代の閉塞感に風穴を開けるけれど、逆に、時代が空けた大きな空虚感を埋めてもくれる。

アドレナリンを出したいときも寂しいときも、常にエンタメのセンターに、ビシッと9cmのヒールでポーズを決めた彼女が立っている安心感。「間違いなく満たされたい」という欲張りな気持ちを叶えてくれる、数少ないスターだ。

4枚目のオリジナルアルバム『GENIUS 2000』
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ダークな安室ちゃんが楽しめる『GENIUS 2000』を探せ

いつの日か、テレビ出演が減り、ライブに重点を置いた彼女。MCの時間もほとんど取らずパフォーマンスに集中し、デビューから25年間、ずっと多くの人の憧れでい続けた。ファンの夢を守り抜き、全身全霊をかけたパフォーマンスは伝説となっている。

だから今回のサブスクからの消去も寂しくはあるが、CDを手に取る感覚、音楽を手元に置いておく大切な気持ちを思い出させてくれた。ありがとう安室ちゃん、という感謝でいっぱいである。

さて、今猛烈に聴きたいのは、気だるい『SOMETHING ‘BOUT THE KISS』(1999年)、警告のような『LOVE 2000』(2000年)。ダークな安室ちゃんにとっぷりと浸りたい気分だ。ということで、一番に押し入れから掘り起こすべきは、この2曲が収録されたアルバム『GENIUS 2000』である。ロイヤルブルーの地に黄色い蝶が飛んでいるジャケットを探せ! 私の場合は、探しているCDがすぐ出てこない環境の問題、つまり部屋の片づけにも直面している……。

聴きたいと思ったときにいつでも聴けると幸せ度が増す。最近あまりにいろんな曲が簡単に聴けて、その幸せが当たり前でないことを忘れていた。本当にごめんなさい、音楽。

◆ライター・田中稲

田中稲
ライター・田中稲さん
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1969年生まれ。昭和歌謡・ドラマ、アイドル、世代研究を中心に執筆している。著書に『昭和歌謡 出る単 1008語』(誠文堂新光社)、『そろそろ日本の全世代についてまとめておこうか。』(青月社)がある。大阪の編集プロダクション・オフィステイクオーに所属し、『刑事ドラマ・ミステリーがよくわかる警察入門』(実業之日本社)など多数に執筆参加。他、ネットメディアへの寄稿多数。現在、CREA WEBで「勝手に再ブーム」を連載中。https://twitter.com/ine_tanaka

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