着実に進歩がみられる「体性幹細胞」を用いた再生医療
幹細胞がその真価を発揮するのが、けがや病気で機能を失った組織を修復・再生する「再生医療」の分野である。再生医療にかかわる幹細胞は主に「iPS細胞」「ES細胞」「体性幹細胞」の3つだ。
「山中教授の功績で一躍有名になったiPS細胞は、皮膚や骨などの細胞に遺伝子を導入して人工的に作り出した幹細胞であり、ES細胞は受精卵の胚内部の細胞から作られます。どちらの細胞も、あらゆる細胞や組織に分化する能力を持つ『多能性幹細胞』です」
だが、iPS細胞もES細胞も驚異の能力を持ちながら、現在の再生医療の主役を担ってはいない。
「すべての細胞に分化できる能力を持つiPS細胞とES細胞は無限の可能性を秘める半面、細胞分裂する過程で遺伝子にエラーが起きてがん化するリスクがあります。また山中教授らが進めるiPS細胞を使った再生医療は目的にあった細胞を作製するのに、かなり高額な費用がかかり、ES細胞はいずれ人となる細胞に手を加えることから、倫理的な問題があります。そのため両方とも再生医療への応用は進んでいません」
そうしたなか、着実に進歩がみられるのが「体性幹細胞」を用いた再生医療だ。
iPS細胞やES細胞はあらゆる細胞や組織に分化する能力を持つ「多能性幹細胞」だが、「体性幹細胞」は皮膚や血液など決められた組織や臓器の細胞のみを作り出す。また、iPS細胞やES細胞が人工的に作られた幹細胞であるのに対し、体性幹細胞は人の体にもともと存在するため、「天然の力」を持っている。
三島さんは「体性幹細胞のなかでもすごいのは脂肪や臍帯血、骨髄、歯髄にある『間葉系幹細胞』です」と語る。
「間葉系幹細胞は1960年代に発見された幹細胞で、当初は骨髄にのみ存在すると考えられましたが、胎盤や臍帯、歯髄のほかに、2000年代になって脂肪組織からも発見されました。分化する細胞が限定的な体性幹細胞でありながら、脂肪や骨、軟骨、神経、筋肉、血管や肝細胞など、さまざまな細胞に分化できることが最大の特徴です」
間葉系幹細胞は安全性の面でもメリットが多い。
「お腹の脂肪からたくさん採取できるので体への負担が少ないうえ、もともと自分の体に存在する細胞なので治療に用いたときに拒絶反応がない。
変異しにくいのでがんになりにくいメリットもある。現状の再生医療で実用化されているのは、この間葉系幹細胞が中心です」
現在、幹細胞を用いた再生医療を受けられるのは、再生医療等提供計画を提出し、厚生労働省が認可した医療機関のみ。また、医療機関ごとに再生医療ができる対象疾患が決まっている。
大谷翔平は右ひじ故障の際に幹細胞注射、池江璃花子は白血病で造血幹細胞移植
では実際の治療はどう進むのか。三島さんが語る。
「最初に血液検査などで体の状態を調べ、局所麻酔をしたうえで腹部などを0.5cmほど切開してスプーン1杯程度の脂肪を採取します。間葉系幹細胞は20gほどの脂肪に500万個ぐらい含まれるので、それらを培養して2億個ほどに増やし、点滴や注射で体の中に注入します」
数ある対象疾患のなかでも、高い治療効果が見込まれるのが「変形性関節症」だ。リボーンクリニック本院院長の坂口尚さんが語る。
「膝関節のクッションの役割を果たす軟骨が加齢とともにすり減って痛みが生じたり膝が曲げにくくなったりする症状で、多くの高齢者が罹患します。
再生医療では、皮下脂肪から採取した幹細胞を培養して増やし、膝関節の損傷がある部分に注射。幹細胞が軟骨の傷を修復して、膝の痛みを軽減します」
坂口さんのクリニックでは、膝が痛くて階段の上り下りがつらいけれど手術には抵抗がある60代以上の患者に幹細胞治療を施すと、痛みが治まって階段も難なく使えるようになり、満足するケースが多いという。
スポーツ選手たちもその恩恵を受けており今シーズン、ロサンゼルス・ドジャースで大活躍する大谷翔平選手(30才)も2018年に右ひじを故障した際、自らの血小板を患部に注入して組織修復能力を利用して治療する「PRP治療」と幹細胞注射を受けた。
また、2019年2月に白血病を公表した競泳女子の池江璃花子選手(24才)は再生医療の一種である「造血幹細胞移植」を行った。
一覧表に示したように、再生医療の対象疾患は多岐にわたる。
「皮膚や軟骨などの移植手術の材料を作る外科的医療だけでなく、糖尿病や動脈硬化、脳梗塞など重篤な病でも幹細胞を利用した再生医療の効果が見込めます。実際に私が診たケースでも、脳梗塞で左半身がまひした70代患者に再生医療を3回施したら左半身が動くようになり、小児まひで足が不自由だった50代患者は、車いすを押しながら歩けるようになりました。
特に間葉系幹細胞による再生医療は、これまで治療が難しいとされたALS(筋萎縮性側索硬化症)やベーチェット病の治療効果も期待できます。間葉系幹細胞には免疫抑制作用があることから、自己免疫疾患にも有効といわれています」(三島さん・以下同)
さらに、弱っている細胞を自動的に修復する「ホーミング効果」によって、治療目的外の箇所が改善するケースもある。
「私が診た患者のなかには、再生医療の副産物で髪の毛が生えたり、体調がよくなってメンタル面が改善したケースがありました。体の中で起きる細胞レベルの変化が、消えかけていた意欲や希望に火をつけるような気がしてなりません」
ほかにも「疲れにくくなった」「よく眠れるようになった」「肩こりが楽になった」「尿のキレがよくなった」など、予期せぬアンチエイジング効果が生じて患者の状態が好転するケースが多く見られるという。
最新治療ゆえのデメリット 注意すべき細胞の増殖が原因で血液が詰まる事故
ただし、光があれば闇もあり、発展途上の最新治療ゆえにデメリットもある。
「再生医療を行う医療機関は限られているため、受けたいときすぐに治療できる環境は整っているとは言いがたい。また、臨床例が少ないためエビデンスが確立されておらず、効果の出ないケースが生じるのは避けられません」(坂口さん)
一部、保険が適用されるが、現状は自由診療になることもネックとなる。
「間葉系幹細胞治療の場合、治療費が100万円以上になることが多いです」(三島さん)
加えて体に異物を入れる医療行為である以上、ゼロリスクではないことも覚えておきたい。
「特に注意すべきは、細胞の増殖が原因で血管が詰まる事故です。
死亡の因果関係は不明ですが、過去には京都のクリニックで骨髄に幹細胞を含む骨髄液を点滴投与した男性が、肺の血管が詰まる肺塞栓症で死亡したケースがありました。ほかにも自由診療のなかで表に出ないトラブルがあるかもしれない」(室井さん)
(後編に続く)
※女性セブン2024年9月19日号