不調改善

《大きく進む「幹細胞」の研究と実用化》再生医療で真価を発揮、大谷翔平などアスリートも実践 費用面やエビデンスが確立されていないというデメリットも

幹細胞がもたらす美容や医療とは(写真/PIXTA)
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「いつまでもきれいな肌とツヤのある髪を保ちたい」「病気の痛みや苦しみから逃れたい」「できる限り長く元気に人生を過ごしたい」──。健康・美容・延命ほか人々の“願い”を叶えてくれる「幹細胞」の秘密に迫る。【前後編の前編。後編を読む

幹細胞が美容に効果?経験した人の声

今夏、数年ぶりに開かれた高校時代の同窓会に出席した都内在住の主婦Sさん(48才)は、久しぶりに再会した同級生の姿に驚いた。

「以前に会ったときよりも若返っていたんです。肌がツヤツヤでしわも目立たない。どうしてなのかと追及したら、“幹細胞を打ったのよ”と言うんです。たまにスポーツ選手がけがの治療をした際、ニュースで少し聞いたことがあったくらいで、美容にも効果があったなんて初耳で驚きました。

家に帰ってすぐ調べたら美容やけがだけじゃなくてがんや生活習慣病の治療にも使われているらしいじゃないですか。

とにかく体にいいことはわかったのですが、一体何をどうすれば幹細胞を取り入れられるのか……。もっとしっかり友人に聞いておけばよかったです」

治療が難しい疾患の治癒からアンチエイジングに対する効果まで

Sさんを驚かせた幹細胞は《神戸大学が造血幹細胞研究を開始》《MEGUMIが幹細胞コスメをプロデュース》《幹細胞美容医療が洋服を着たまま受けられる》などテレビやウェブで報じられる、あらゆるニュースの共通したキーワードとなるほどのムーブメントを巻き起こしている。なぜこれほど注目されるのか。

再生医療は点滴や注射で治療が行われる
再生医療は点滴や注射で治療が行われる(写真/PIXTA)
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「幹細胞の研究と実用化がここ数年で大きく進んだからです」

そう語るのは医療経済ジャーナリストの室井一辰さんだ。

この一大ムーブメントは2006年に京都大学の山中伸弥教授らが世界で初めて無限に増殖し、体の修復や再生をうながす力を持つ幹細胞の種であるiPS細胞(人工多能性幹細胞)の作製に成功したことに端を発する。

2012年に山中教授がノーベル生理学・医学賞を受賞し、この頃からiPS細胞をはじめとした幹細胞を利用して体を元の状態に戻す『再生医療』の研究が一気に開花した。2014年には再生医療の法的基盤となる『再生医療等安全性確保法』が施行され、そこから10年で幹細胞の研究や実用化が大きく進展しました。幹細胞は海外からの輸入ではなく本邦発の研究で、日本が世界に先駆けて独走を続けています」(室井さん)

『すごい幹細胞 「老けない人」の7つの習慣』の著者で、Gクリニック院長の三島雅辰さんは、幹細胞は人類の夢を叶える可能性を秘めていると語る。

「若返りや不老を体現できるかもしれない幹細胞は、治療が難しい疾患の治癒からアンチエイジングに対する効果まで大いに期待されます。まだ発展途上でありながら、幹細胞を培養する技術やノウハウが進化し、安全かつ確実に幹細胞を増やせるようになったことも大ブームの要因でしょう」

“トカゲのしっぽ”を再生させる──無敵の細胞は何がすごいのか

ここ十数年で大きな飛躍をとげ、各界から熱視線が注がれる幹細胞だが、私たちの体にどう作用し、どこに存在するのか。

そもそも人間の体は、精子と卵子が結合した「受精卵」が分裂を何度も繰り返し、小さな細胞が集まって皮膚や血液、内臓など各種の組織に変化している。この変化を「分化」と言う。

約270種37兆個もの細胞にはそれぞれ寿命があり、役目を終えると壊れては再生することを繰り返して、新たな細胞に入れ替わる。たとえば、小腸の表面を覆う細胞は3〜5日、赤血球は約4か月、骨の細胞なら10〜20年で役目を終えて死んでいく。

その際、特定の組織に分化しないまま、ほかの細胞に紛れて待機しているのが「幹細胞」だ。

「幹細胞は、私たちの体の中でさまざまな臓器や器官になる前の“おおもとの細胞”であり、入れ替わり続ける細胞を修復したり、再び生み出して補充したりする能力を持ちます。病気やけがなどが生じたとき、そこの部位の細胞を補充したり、修復したりしてダメージの回復にあたります」(三島さん・以下同)

トカゲは危険が迫ると自らのしっぽを切り落としてその場から逃げる。この「トカゲのしっぽ切り」の後に新たなしっぽが生えてくるのは、切断した部分の筋肉にある幹細胞から「新しくしっぽを生み出せ」と命令が出るからだという。

生物の体の“おおもと”で、ほかの細胞の核として重要な役割を担う幹細胞には3つの大きな能力がある。

「ひとつは、自分と同じ能力を持った細胞のコピーを大量に生成する『自己複製能』です。切断されたトカゲのしっぽが再生するのは、この働きによります。

もうひとつは細胞を分裂させながら皮膚や赤血球、血小板などさまざまな細胞に自ら変化する『多分化能』。たとえば転んでけがをしたときに皮膚の細胞が傷つけば幹細胞は皮膚の細胞に、出血して赤血球が不足したら赤血球に分化します。知らない間に傷口がかさぶたになり、新しい皮膚が生成されているのは、そうした幹細胞の働きによります」

3つ目は「ホーミング効果」と呼ばれる特別な力だ。

「傷ついた病変部が発するシグナルを察知して、幹細胞が血液の流れに乗って自ら病変部に移動する特殊能力で、『ホーミング(homing=家に帰る)』から名づけられました。体の中で弱っているところを認識すると、幹細胞はその部位に向かって自動的に進み、自己複製能や多分化能を発揮して、細胞を補給し、メンテナンスを行います」

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