エンタメ

『アポロ』『サウダージ』『アゲハ蝶』…音楽にほぼ興味がない80代女性を虜にするポルノグラフィティ 「物語を読むように聞こえる」歌とメロディーの世界

メジャーデビュー25周年を迎えたポルノグラフィティの岡野昭仁(左)と新藤晴一(写真は2007年、Ph/SHOGAKUKAN)
写真7枚

広島県因島出身の2人組、ボーカル・岡野昭仁とギター・新藤晴一によるロックバンド「ポルノグラフィティ」が、今年、メジャーデビュー25周年を迎えた。ライターの田中稲氏が、デビュー曲『アポロ』の衝撃から、音楽にほぼ興味がないという実母の意外なエピソードを絡め、「なぜポルノの楽曲は魅力的なのか」を考察する。

* * *

ポルノグラフィティのメジャーデビュー曲『アポロ』(1999年9月8日発売)
写真7枚

デビュー曲『アポロ』の衝撃

あれからもう25年なのか——。私は遠い目になった。ポルノグラフィティのデビュー曲『アポロ』を初めてテレビで聴いた時の衝撃は忘れない。第一印象は「ヘンな歌!」であった。

時は1999年の世紀末、J-POP全盛期。いつものように歌番組をルンルンと観ていたら、いきなり、ものすごい滑舌の良いエエ声で「アポロ11号が月に行った」という世界史的なフレーズを歌う若者が登場しビックリ仰天。

私自身、アポロ11号が月に行ったのと同じ年、1969年生まれなので、「僕らの生まれてくるずっとずっと前」という歌詞に、ジェネレーションギャップのトンカチでガツンと殴られた気もした。そうか、1969年は「ずっと」が2回繰り返されるほど昔なのか。「へいへいごめんよ、ずっとずっと前に生まれたオバハンですよ……」と思ったものである。

楽曲もすごかったが、バンド名を見ると「ポルノグラフィティ」とあり、二度ビックリである。ド直球エロス! 売れても略して「ポルノ」とか呼べないなあと思っていたが、今やすっかり呼んでいる。それどころか「ポルノ」といえば、エロスよりも彼らの歌のほうを先に思い浮かべるようになった。

実力が奇抜さを上回り、新たなスタンダードとなる。すごいな、ポルノグラフィティ! あのとき「ヘンな歌」と思った『アポロ』は、ずっと脳にビタッとくっついて離れない。今も無意識的に歌う、マイ・鼻歌ベストテンに入っている。

「ブレない音程と滑舌」が特徴のボーカル・岡野昭仁の歌声(写真は2007年、Ph/SHOGAKUKAN)
写真7枚

母がポルノグラフィティを好きな理由を本気出して考えてみた

ポルノグラフィティの大きな特徴の一つが、ボーカル・岡野昭仁さんの、ブレない音程と滑舌。声から黄金比の図形というか、美しい結晶が“見える”。聴くだけでは気がおさまらず、飛んできた彼の声をワッシャとつかみ取り、プレパラートに乗せ、性能バリバリの顕微鏡で見たくなるくらい整った声だ。

超個人的ながら、彼の声の魅力のすごさを物語るエピソードがある。

80半ばの私の母は、「いい歌ね」くらいの反応はあるのだが、歌にほぼ興味がない。「若い子の曲は分からんわ」というジジババの定型句を繰り返すのはもちろん、自分の世代の歌もあまり聴かない。カラオケも歌わない、なかなかの音楽度薄めな人生である。

私が知る範囲で、そんな母に「CDがほしい」とまで言わしめたアーティストは、ちあきなおみさん、徳永英明さん、尾崎豊さん、X JAPANのToshiさん、そしてポルノグラフィティの5アーティストのみである。

初めて「ポルノ好きだわ」と言われたときには、ポルノグラフィティが思い浮かばず、また、母と「ポルノ」という響きが合わな過ぎて、「突然何のカミングアウト??」と飲んでいるビールを吹き出したものだが……。

(左から時計回りに)『アポロ』、『アゲハ蝶』、『サウダージ』、『ヒトリノ夜』
写真7枚

不思議なことに、ポルノグラフィティの歌を聴くとき彼女は、むっくと起き上がる。寝ていてもソファに座り、両手の指を口元で組む碇ゲンドウポーズで、画面をじっと観ながら聴くのである。

特別ルックスが好みというわけではないらしい。それなのになぜか『サウダージ』『アゲハ蝶』を歌う彼らを凝視するオカン——。

なぜ彼らが好きなのか。なぜ、ポルノグラフィティは特別なのか?

「日本語がはっきり聞こえる」「声が明るくて切なくていい」「歌詞がきれい」。本人はそういった感想しか言わないが、私は思うのだ。音楽はあまり興味のない母だが、本が大好き。活字に埋もれ青春を過ごした読書乙女であった。母はポルノグラフィティの歌やメロディーを、ページをめくるように、物語として読んでいるのではないだろうか、と。

一言一句読み取れるストーリー。それほどに、彼らの音楽は、輪郭がはっきり見える。だから聴くだけでなく、体を起こして受け止めたくなるのも、なんとも納得できるのだ。

「彼らの音楽は、輪郭がはっきり見える」(写真は2007年、Ph/SHOGAKUKAN)
写真7枚

『サウダージ』はカラオケでリバイバルヒット

私の母のエピソードという超個人的なエピソードを出さずとも、その愛され度は、カラオケランキングを見れば一目瞭然。カラオケ配信のJOYSOUNDが、平成で最も多く歌われた曲を集計した「平成カラオケ総合ランキング」(集計期間は1993年1月1日〜2018年12月31日)で、2000年リリースの『サウダージ』が堂々7位に入っている(ちなみに1位は1995年リリースの高橋洋子『残酷な天使のテーゼ』)。

しかも近年人気が再浮上し、「年間カラオケ総合ランキング」では、2022年の35位から2023年に第7位に急上昇した(JOYSOUND)。VaundyやYOASOBI、あいみょんなどの若者アーティストの中に、2000年リリースのこの歌が並ぶ感動! わかる。失恋した際の心の中を隅々まで表してくれたこの歌が、時代を超えて愛されるの、とってもわかる。

同時に、果敢に挑戦される方々にリスペクトである。この歌、むちゃくちゃ難しくない(汗)? 私も一度入れたことはあるが、歌って早々息継ぎタイムを見失い呼吸困難になり、歌詞に口の動きが追い付かず舌を噛み、そのうえ顎が「ガクッ」となり(顎関節症……)、サビまでいかないうちに、涙目になりながら止めた。鼻歌ならバッチリ歌えるが、実際の演奏に乗せると、こんなベリーベリーディフィカルトな歌だったかとビビる。

ちなみにボーカルの岡野さんは、9月29日に放送された『EIGHT-JAM』(テレビ朝日系、日曜夜11:00)に出演した際、常に美声で歌える理由として、「しゃべる声と歌う声の声帯を分けてコントロールしている」と明かしていた。せせせ声帯って使い分け可能な部分でしたっけ? そんなことできるのかと試してみたが、口と顔が歪んでいくばかりであった。プロってスゴい。いや、もはや怖い!

多くの曲で作詞を担当するギターの新藤晴一(写真は2007年、Ph/SHOGAKUKAN)
写真7枚

老若男女に一言一句届く幸せの音楽

これからも愛され続けるであろう、ポルノグラフィティ。彼らの8thシングル『幸せについて本気出して考えてみた』(2002年)という歌があるが、私も幸せについて本気出して考えたところ、音楽にあまり興味がない母を自然と魅了した、ポルノグラフィティの音力もまた、幸せの一つだと思うのである。

岡野さんのボーカルと、「その音がどんな言葉を求めているかを、しっかり読み解いていく」ことでていねいに紡ぎ出される新藤晴一さんの作詞。作曲者が音符のなかに込めた想いやフィーリングを取り出し、言葉にする彼の素晴らしいセンスが重なり、巧みなギターとともにポルノグラフィティの世界を作っている。

喜びも楽しさも寂しさも哀愁も、一言一句、老若男女にはっきりと届く歌の物語は、まだまだ、多くの人を感動させるに違いない。

きっと私の母も、いくつになっても『サウダージ』が鳴ったなら、寝転んだ体勢からヨッコイショと起き上がり、ソファに座るだろう。その音楽を読むために——。

これって、すごく幸せだと思うのだ。

◆ライター・田中稲

田中稲
ライター・田中稲さん
写真7枚

1969年生まれ。昭和歌謡・ドラマ、アイドル、世代研究を中心に執筆している。著書に『昭和歌謡 出る単 1008語』(誠文堂新光社)、『そろそろ日本の全世代についてまとめておこうか。』(青月社)がある。大阪の編集プロダクション・オフィステイクオーに所属し、『刑事ドラマ・ミステリーがよくわかる警察入門』(実業之日本社)など多数に執筆参加。近著『なぜ、沢田研二は許されるのか』(実業之日本社刊)が好評発売中。他、ネットメディアへの寄稿多数。現在、CREA WEBで「勝手に再ブーム」を連載中。https://twitter.com/ine_tanaka

●恋人との別れで「消えゆく愛」を歌ったオフコース『秋の気配』に涙 恋も四季も「変わりめ」のときに切なさと輝きが生まれる

●朝ドラ『おむすび』橋本環奈が演じる主人公はどんな音楽を聴いている? 舞台の2004年は平成“ギャル文化”の過渡期、『さくらんぼ』『瞳をとじて』『ロコローション』『マツケンサンバII』がヒット

関連キーワード