
日本で人気の犬種といえば、トイプードルにチワワ、柴犬が代表格。遺伝的な要因や性格の傾向などによって、ほかの犬種よりリスクの高い病気やケガはあるのだろうか。獣医師の鳥海早紀さんに話を聞いた。
人気犬種の性格ってどんな感じ?
飼っている人が多いという意味での人気犬種は、ペット保険の加入実績ベースでトイプードル、チワワ、混血犬(体重10kg未満)、柴の順となっている(2022年4月1日~2023年3月31日にアニコム損保の保険契約を開始した犬。n=771,286)。
ちなみに、犬全体の人気の名前ランキングではムギが4年連続で1位に輝いた(2023年10月1日~2024年9月30日に、アニコム損保の保険契約を開始した0歳の犬。n=136,181)。毛色を分かりやすく表現できる、呼びやすい、響きがかわいい、といった理由で命名されているようだ。
病気の話の前に、普段から多くの患畜と接している獣医師の鳥海さんに、トイプードル、チワワ、柴犬の性格について印象を聞いてみた。
「完全に私のイメージでお答えすると、トイプーは明るくてフレンドリーで甘えたがり。芸もよく覚えて賢いですが、その分ちょっとあざといというか(笑)、自分のかわいさも分かっていて人間をうまく操縦しているふしがあります。飼い主さんによっては『男の子が特にあざとい』と言う人もいますね。それをまたうれしそうにおっしゃるのが印象的です」(鳥海さん・以下同じ)

一方、チワワは成犬で体重1.5~3.0kg程度と体が小さいせいもあるのか、「怖がりさんが多い印象」という。「小さな体で力いっぱい吠える姿から、『勇敢』と評されたりもするようですが、どちらかというとあれは不安や恐怖心の裏返しのような気もするので、いつも安心して過ごせるようにしてあげたいですね。飼い主さんに対して積極的に愛情表現する子が多いので、尽くしがいがあるだろうなと思います」
柴犬は「群れの中と外をはっきり分けて捉えている子が多いと思います。飼い主さんには忠実で愛嬌もあって親しみやすい姿をたくさん見せてくれるみたいですよ。一方で、家族や気を許した人以外には、かなり神経質なところがあります。いちおう小型犬ですが中型犬に近いサイズなので、警戒心を持ったとき、チワワのように高い声で鳴くというよりは、低くうなって威嚇する態度に出ます」とのこと。
これらの犬種は人気が定着して飼育頭数も多いので、ほかの犬種に比べてリスクの高い病気・ケガについても、統計的に明らかになってきている。
トイプードルは糖尿病リスクが他犬種より高い
トイプードルが動物病院を受診する理由で多いのは消化器疾患、皮膚疾患、耳の疾患だ。
「これは犬全体と同じ傾向です。ほかの犬種より多いという意味では、糖尿病、白内障、流涙症、そして骨折が目立つ印象ですね」

糖尿病はインスリンというホルモンの分泌量が減ったり、働きが悪くなったりして、血液中のブドウ糖を分解・吸収できなくなる病気だ(関連記事)。食欲が落ちたり、元気がなくなったり、重症化すれば神経症状や昏睡状態を引き起こしたりする。
「犬の糖尿病は人間でいう1型糖尿病が多く、バランスの取れた食生活を続けていてもそれに関わりなく発症するので、定期的な健康診断で早期発見につなげたいですね。普段の生活では、特にシニアの子は多飲多尿の症状がないか、気を付けてあげてください」(鳥海さん・以下同じ)。
白内障は、目の中の水晶体が白く濁って目が見えにくくなる病気で、やはりシニアに多い(関連記事)。なお、糖尿病にかかって高血糖状態が続くと、水晶体に糖や糖化タンパクが蓄積して濁る糖尿病性白内障にもなりやすい。
一方、流涙症はトイプードルの場合は先天的なものが多く、0歳で最も発症しやすいというデータがある。流涙症は涙の通り道である鼻涙管が閉塞して涙を排泄できなくなり、目から涙があふれ続ける病気。あふれた涙のせいで目の周りの毛が変色する“涙やけ”になることも。
「骨折も0歳時に起きやすいです。飼い始めたばかりの子を抱き上げたら、思いのほか暴れて落下してしまうといった事故で前脚を骨折するようなケースですね。子犬を抱くときはなるべく床の近くで。高く持ち上げないようにしてください」
チワワは肥満防止が大切
チワワは、実は多くの病気で犬全体よりもかかりにくいというデータがある。消化器疾患も皮膚疾患も耳の疾患も、犬全体に比べて、動物病院を受診した実績が少ない。唯一、犬全体の平均を大きく上回るのが循環器疾患である。
「マルチーズやヨークシャーテリアもそうなんですが、中高齢になって弁膜症(僧帽弁閉鎖不全症)を発症する子が比較的多いです。心臓の左心室と左心房の間には、僧帽弁があって、これが閉じたり開いたりして血液を循環させる働きをしていますが、この弁の閉じ方が甘くなるのが弁膜症です」

弁の閉鎖不全で血液が逆流した結果、せき込んだり、運動を嫌がったり、興奮時に倒れたりといった症状がみられるようになる。病気が見つかれば投薬治療をすることになるが、完治は難しく、また予防も難しい病気という。
「飼い主さんとしては、肥満や塩分の高い食事など、心臓に負担がかかることを避けることと、早期発見のために健康診断を定期的に受けさせることが大切です。初期症状はなかなか見つけにくいのですが、運動した後ゼエゼエ言っている、すぐ疲れる、といった様子の変化に早く気付いてあげられるといいですね」
気管虚脱も、シニアのチワワに比較的多い病気だ。気管が押しつぶされたように変形して呼吸障害が出る。これも肥満防止が予防策の一つになる。
「肥満防止のほかには、室温を適切に管理すること、激しい運動を避けることで、口を開けた激しい呼吸をする機会を減らすことができるので、これも予防になります」
0歳のチワワに多い先天的な疾患としては、膝蓋骨(しつがいこつ)脱臼、そして水頭症が挙げられる。膝蓋骨脱臼は後ろ脚の膝にある骨が正常な位置からずれてしまう状態で、チワワでは内側にずれることが多い。外科手術をするか、鎮痛剤で症状を緩和することが多い。
「水頭症は、脳の周りを満たしている脳脊髄液が過剰に貯まって、脳を圧迫する病気です。脳が圧迫を受けると、痙攣や麻痺などさまざまな神経症状が出たり、目が見えなくなったりします。脳内出血や脳腫瘍がもとで発症する後天的なものもありますが、チワワは先天性水頭症の好発犬種です。治療は投薬によって脳圧を下げたり、対症療法を取ったりすることが多いです。余分な脳脊髄液を排出させる外科手術もありますが、行える病院が少ないのが現状ですね」
柴犬は3頭に1頭が皮膚疾患で動物病院にかかる
柴犬もまた、多くの病気で他犬種より受診実績が少ない。ただし、皮膚疾患と緑内障は他犬種より発症しやすい傾向がある。
「認知症も多いです。柴に限らず、高齢の日本犬に多いことが分かっています。認知症はご存じのように、脳の老化によって認知機能が衰え、ぼんやりしたり、昼夜逆転の生活になってしまったり、夜鳴きや失禁、徘徊などをしたりするようになる病気です。治療法は確立されていませんが、投薬で進行を遅らせたり、症状を緩和したりすることは可能です」

認知機能が衰えた犬がつまずいたりぶつかったり狭いところに入り込んだりしないように環境を整えることも大切だ。軽い運動で脳を刺激したり、病気が重篤になってきたら食事や排泄の介助をしたりと、この病気と付き合う上で飼い主さんが果たす役割は大きい(関連記事1、関連記事2)。
また、柴犬では皮膚疾患全般が他犬種より多い。1年間に1回でも皮膚疾患で動物病院にかかる柴犬は、3頭に1頭ほどの割合という。犬全体では4頭に1頭ほどだ。
特にアトピー性を含め、アレルギー性の皮膚疾患が高リスクだが、原因不明の痒み、脱毛、炎症、さらには指の間や肉球に炎症が起こる趾間(しかん)皮膚炎も他犬種より発症しやすいというデータがある。1~2歳頃から動物病院にかかることが多いようだ。
「アレルギー性の場合は、アレルゲンを犬の生活環境から除去して、薬やサプリメントを使って症状を緩和します。シャンプー療法を行うこともありますね。皮膚疾患は原因が多岐にわたるので、検査に時間とコストを要します。原因が特定できると、効果的な治療ができ、場合によっては早期に完治することもあるので、飼い主さんには検査の重要性をご理解いただけると、現場としてはありがたい限りです」
緑内障もまた柴犬に多い病気だ。目の角膜と水晶体の間を循環している眼房水の排出が滞り、眼球内に水が余分に貯まって眼圧が高まることでさまざまな症状を引き起こす。点眼薬や内服薬で眼房水の排出を促したり、眼房水の生成量を減らしたりする治療が中心だ。
「緑内障も予防法といえるものはないですが、白目のところが充血していたり、瞳孔が開いていたりといった見た目の変化に気づいて早期に治療につなげられれば、失明に至るのを食い止められる可能性が上がります。瞳孔の奥が緑色に見えたり、赤く見えたりすることもありますね」
◆教えてくれたのは:獣医師・鳥海早紀さん

獣医師。山口大学卒業(獣医解剖学研究室)。一般診療で経験を積み、院長も経験。現在は獣医麻酔科担当としてアニコムグループの動物病院で手術麻酔を担当している。
取材・文/赤坂麻実
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