
家庭で飼われている犬の半分以上が、実は肥満――。米国の専門機関が3年前、こんな調査結果を発表した。肥満はケガや病気のリスクを高めるという情報は既に十分に行き渡っているように思うが、現在に至るまで、肥満のペットが劇的に減ったという話は聞かない。肥満はどんな健康被害をもたらすのか。どう対策するといいのか。獣医師の鳥海早紀さんに話を聞いた。
肥満予防の意識、飼い主ファミリーで共有を
米国のペット肥満防止協会(Association for Pet Obesity Prevention)が2022年に実施した調査によれば、米国の家庭で飼育されている犬の59%が肥満だと分かったという。調査は動物病院で体重や体格などを測定し、飼い主から聞き取りをする形で行われた(n=880)。調査に参加した犬の22%が理想体重を30%上回った。また、それより小幅ではあるが、理想体重を超過している犬が36%を占めた。
なお、肥満と分類された犬の飼い主のうち、36%が「うちの犬の身体つきは普通(太っていない)」と捉えていて、客観評価と飼い主の感覚にズレがあることも浮き彫りになった。
動物医療の現場で日々活躍する鳥海さんは「日本でも、肥満の子は少なくないです」と実感を語る。
「メディアを通じて“犬にとっても肥満は万病のもと”という情報は広まっていると思いますが、同時に、新登場の美味しいおやつを食べるかわいいワンちゃんの姿などもSNSで拡散されています。そうなると“うちの子にもあげたい”となるのが人情ですよね。肥満の子が減ってきている感じはしません」(鳥海さん・以下同)
ペットの肥満防止に努めようという意識が、家族の中で共有されていない場合もあるようだと、鳥海さんは指摘する。
「動物病院にワンちゃんを連れて来てくれる人は概して、犬の健康管理に対する意識がご家族の中で一番高い人です。そういう人は、言われるまでもなく犬の太り過ぎには気を付けたいと思っている。ところが、病院に来ることのないほかのご家族は、そこまで意識が高くないのです」
犬に最も長く接している人、犬のお世話を一番している人よりも、二番目、三番目の人が、“犬に好かれたい”“犬が喜ぶ姿が見たい”といった理由で、つい、おやつをあげすぎてしまうようなことが、多くの家庭で起きているものと思われる。

「本記事を読んでくださっているかたは、ぜひ、“犬の肥満は放っておくと大きなケガや病気につながるかもしれない”という認識をご家族とご共有いただくといいなと思います」
肥満は循環器疾患や呼吸器疾患のリスクに
肥満でリスクが高まるケガ、病気を整理しておく。まず、足腰に生じる整形外科疾患が挙げられる。
「体重が増えすぎると、体重を支える足腰への負担が大きくなるので、故障しやすくなります。太ももの骨とすねの骨をつなぐ繊維束状の組織、前十字靭帯(じんたい)が損傷したり断裂したり、脊椎の間にある軟骨が変性して飛び出す椎間板ヘルニアになったりします。関節軟骨が変形するなどして関節の周囲が腫れたり痛んだりする関節炎のリスクも高まります」
内臓疾患のリスクも増す。例えば、心臓疾患。増加した脂肪分に血液を送るため、心臓の負担が増え、心機能障害や高血圧が起こりやすくなる。チワワやマルチーズといった小型犬に比較的多くみられる。
また、喉に脂肪が多くつくことで、気管を圧迫してしまい、呼吸障害を引き起こしたり、気管虚脱を発症したりすることもある。
「気管虚脱は、気管が圧迫されて変形し、呼吸障害を起こす病気です。ポメラニアンやヨークシャーテリア、マルチーズ、それからパグやフレンチブルドッグなどの短頭種で、ほかの犬種より発症率が高いですね」
ホルモン疾患が判明することも
逆に、何らかの疾患がまずあって、その症状の一つとして肥満になることもある。甲状腺機能低下症やクッシング症候群などの内分泌疾患(ホルモンの分泌量や働きに異常が生じる病気)では、初期に食欲が増して肥満になったり、お腹が膨らんだりする。

「ダイエットを頑張っているのにちっとも痩せないのでおかしいなということで、病院に連れてきていただいて、ホルモン疾患が判明することがあります。病気の診断がつけば、もちろん治療が優先です。病気が治れば、適切な食事と運動で肥満は解消できるはず。食事に気を付けているはずなのに肥満というときは、病院にご相談ください」
体重とBCSで愛犬の体型を把握
犬の肥満を防ぐには、まず体重や体型を把握することが重要だ。体重を定期的に測って変化を見る。成長期でもないのにどんどん増えるようなら、食事を見直す必要がある。また、見た目と触れた感じから犬の体格を評価する指標「ボディコンディションスコア(BCS)」を用いるといい。
【1】過剰に脂肪がついていなくて、わき腹を触ってみて肋骨の凹凸が感じられる、【2】犬の身体を上から見たときにゆるやかな腰のくびれが見られる、【3】横から見ると前脚から後ろ脚のほうへ腹部が吊り上がっている――という3つの特徴を備えているのが、犬の標準体型であり、BCSを5段階に分けた場合の「3」に相当する。わき腹を触っても肋骨が指に触れる感じがなかったり、腰のくびれが見られなかったりする場合は「4」や「5」となり、ダイエットを検討するべきだ。
「人間と同じで、ダイエットに効果的なのは、運動以上に食事制限です。まずはおやつから減らして、一日に取るべき栄養量はきちんと確保しましょう。食事はこれまでのフードのまま与える量を減らすやり方もありますが、低脂肪で繊維質の多いダイエット用フードを適量与えるほうが、必要な栄養を摂取しながら減量できるはずです。動物病院でも療法食を処方しているので、まずはかかりつけの獣医師に相談してみてください」
運動のほうは、毎日の散歩を適切に続けることが大切だという。
「ダイエットを始める犬は既に足腰への負荷が大きくなっているはずなので、激しい運動をたくさんするのはお勧めしません。おやつでコミュニケーションを取ることが少なくなるでしょうから、その分、おもちゃを使って遊んだりするのはいいと思います」
◆教えてくれたのは:獣医師・鳥海早紀さん

獣医師。山口大学卒業(獣医解剖学研究室)。一般診療で経験を積み、院長も経験。現在は獣医麻酔科担当としてアニコムグループの動物病院で手術麻酔を担当している。
取材・文/赤坂麻実
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