
5月1日にデビュー55周年を迎える野口五郎。記念のコンサートやセルフカバーアルバムの発表など、多忙を極める中で手がけているのが、学会発表のための論文だ。それはいったい、どんな研究なのか。野口五郎が語る。【前後編の後編。前編を読む】
野口五郎は、「DMV」と呼ばれる“人間の耳には聞こえない音(非可聴音)”が体に及ぼす効果についての研究者でもある。8年ほど前から、DMVが認知症や疾患にもたらす効果について、秋田大学や高知大学などと共同研究を続けており、この6月、最新の臨床結果を学会で発表する予定だ。多忙な中、論文の執筆が佳境に入っている。
「レコードからCDに変わったとき、誰もが『雑音が消え、音がクリアになった』と感じたでしょう。しかし、ぼくはこの音に大きな問題があると感じました」(野口、以下「」内同)
それはなぜか。人間が「音」として聞こえる周波数は20〜2万Hzといわれるが、20Hz以下の周波数も、耳では聞こえないものの、実際には自然界に漂っている。
かつてのアナログレコードには、実際の音楽だけでなく雑音なども入っていたが、それに加えて20Hz以下の“聞こえない音”までも記録されていた。一方、CDに入っている音は、原音を“デジタル情報”に圧縮変換する過程で、13Hz以下の音域がカットされてしまう。つまり、雑音や“聞こえない音”がすべて排除されているのだ。

「しかし、音にこだわりの強いぼくとしては、耳は喜んだかもしれないけれど、果たして体は本当に喜んでいるのか?と考えました。
なぜなら、人類は20万年もの間、耳に聞こえる音だけでなく、聞こえない音も“体に浴びながら”暮らしてきたんです。そこに、自然界にはないデジタル音が入ってきたのですから、体に影響がないわけがない。そこで、“聞こえない音”を浴びることが体にプラスの影響があったとしたら?という仮説を立て、音の研究を始めました。最初はただの妄想です。ぼく、妄想家なので(笑い)」
そこから、自身のコンサートでDMVの低周波を流すようにした。2月に亡くなった母の伊代子さん(享年98)は、90才頃から認知症で野口のことを認識できなくなっていたが、DMVを流したコンサートを見た後、野口に向かって『やっちゃん、どこ行くの?』と両手を広げて呼びかけたという。
「何年も母の声を聞いていなかったから、まわりのみんなもびっくり。まだ検証段階ですが、いい効果があったと信じています」
家族の間でも「音楽オタクのお父さん」
6月からは、4都市で東京フィルハーモニー交響楽団などのオーケストラとのコンサートが始まる。
「オーケストラの生の音を体で浴び、何かを感じてもらえたらうれしいですね。演奏家は誰しも“思い”を音に乗せています。その思いを観客に届けるためには、ぼく自身の芯がなければ受け止められない。そんな“見えない思い”を歌で表現するのに、55年の熟成期間が必要だったのかなと思います」
コンサートは野口の集大成であり、同時に“新たなチャレンジ”にもなる。今春、音楽大学を卒業した愛娘・文音さん(22才)がピアニストとして参加するのだ。
「家では娘ですが、演奏の場ではひとりの音楽人として接しています。音楽を作り上げる作業はある種、闘いでもありますから。でも、演奏終了後には父親の目になってしまうかもしれません(笑い)」

家族の間でも、やはり「音楽オタクのお父さん」なのだという。
「家でもずっと音楽を作り、ギターやドラムを演奏し、周波数を聞いています。朝方、演奏のしすぎで体が曲がった状態で、トイレに起きた妻(タレントの三井ゆり、56才)とばったり会うこともあります。『こんな時間にきみと会えるとは思わなかった』とか言って、ごまかしながら(笑い)。
妻に、『子供たちはぼくのことを変だと思っているかな?』と聞くと、『お父さんはすごい、と思っているから大丈夫よ』と言ってくれる。それで安心して、また音楽に向かうんです」
時間が合えば家族で故郷の岐阜へドライブ旅行に出かけるという。
「車中でとりとめのない話をしたり、サービスエリアで食事したり、そんなことが楽しい。ギャグは常に言ってますよ。時々子供たちから『いまのギャグ、反射神経がすごい』とほめられるとうれしい(笑い)。妻は……天然なので、気がついてないみたい(笑い)」
「その先を知りたい」野口がひたすら音を追究し続けるのは、ひとえに「歌で思いを伝えたい」からだ。
そこに百戦錬磨のユーモアを加えたステージなのだから、楽しくないわけがない。

【プロフィール】
野口五郎(のぐち・ごろう)/1956年岐阜県美濃市生まれ。11才でエレキギターを弾きながら『ちびっこのど自慢』に出場し優勝。1971年に『博多みれん』でデビュー。同年2作目の『青いリンゴ』が大ヒット。高い歌唱力を武器に『甘い生活』(1974年)、『私鉄沿線』(1975年)などヒット曲を次々と発表。郷ひろみ、西城秀樹とともに“新御三家”としてアイドル的な人気を博す。配信サービス「Dear Music Variation」の開発やDMV(深層振動)の研究も行う。新著に『野口五郎自伝 僕は何者』(リットーミュージック)。
◆billboard classics 野口五郎 PREMIUM SYMPHONIC CONCERT 2025 “KEEP ON DREAMING”
デビュー55周年の新たな幕開けとして、フルオーケストラとのシンフォニック・コンサートを全国4都市で開催。 歌手、ギタリストに加え、ミュージカル 『レ・ミゼラブル』の初代マリウス役をはじめ、俳優としても活躍してきた野口。自身の代表曲やミュージカルソング、ギター演奏と、軽やかなトークが楽しめる。指揮・編曲に渡辺俊幸、ピアノには今春から音楽家として活動する娘の佐藤文音が参加。6月5日・東京文化会館 大ホール、6月12日・兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホール、6月18日・愛知県芸術劇場コンサートホール、7月3日・札幌文化芸術劇場hitaruにて。https://billboard-cc.com/goro2025
取材・文/佐藤有栄
※女性セブン2025年4月24日号