
私たちはみな、いつかは命が尽きる日がくる。それはいつなのか、どこでなのかは誰にもわからない。常に生と死の間にいる私たちが思うのは「元気に長生きしたい」ということと同時に、「後悔のないように死にたい」「苦しまずに死にたい」という願いだろう。患者に寄り添い、最期を看取り、いくつもの「死」に触れてきた名医が思う理想の最期と、その迎え方を聞いた。
離れて暮らすひとり暮らしの認知症の母を介護する東近江市永源寺診療所所長の花戸貴司さん(55才)は、「理想とする最期の場は自宅」と話す。
「母は最期まで自宅で生活することを希望しています。その思いを実現するために遠距離介護をしています。そして私自身の人生の最終章の場も自宅を望みます。特に持ち家なら家賃はかからず、病院や住宅よりもホテルコストを抑えられるので、精神的な面だけでなく、経済的なメリットも大きくなる。その分、充実した医療や介護サービスを受けやすくなるはずです」(花戸さん・以下同)
ただし、人の心はお金だけでは満足させられない。理想の最期を迎えるためには「元気」も必要という。
「よく患者さんには、『病気の反対側には元気がある』と伝えています。たとえ手術や薬で病気を治せなくても、反対側にある元気の部分を増やすことができれば、病気は相対的に小さくなる。人生の最終章は治すことのできない病気や障害を抱えやすくなるため、できるだけ元気を増やすことが大切です」

では人生の最終章で元気を増やすにはどうすべきか。
「必要なのは居場所と役割を持つことです。特に家族や友人の存在は重要で、孤独にならないことをおすすめしています」
家に帰ったら彩色を取り戻せた
かつて花戸さんが受け持った末期のすい臓がん患者の70代女性は、病院から自宅に戻った。すでに歩行も困難な状態だったが、自宅で元気を取り戻したという。

「思い出が詰まった自宅で娘たちとおしゃべりして、孫がおねだりした梅のジュースを梅から手作りしたそう。家族に囲まれた居場所と役割を得て、彼女は元気になることができました。彼女が家に帰ってから家族の笑顔も増えました。そんな彼女は『病院は無色の世界だったけど、家に帰ったら世界が華やかになり、自分自身も彩色を取り戻せた』と語り、亡くなる1週間前には『私の人生は幸せ』と家族全員に感謝の手紙を書いて旅立ちました」
友人をたくさん作っておく
地域に根づいた在宅医療に従事し、多くの人を看取ってきた花戸さんは、理想の最期を迎えるために友人をたくさん作っておくことをすすめる。
「家族や友人がいれば自分に居場所や役割があることを実感でき、人生が豊かになります。それが後悔のない最期につながると思う。高度な医療や豪華な施設よりも、友人や仲間に囲まれた環境の方がぼくにとっては理想的です」
【プロフィール】
花戸貴司/自治医科大学医学部卒業後、湖北総合病院勤務を経て、2000年に永源寺町国保診療所(現・東近江市永源寺診療所)所長に。医療・介護だけではなく地域の人々とつながる地域まるごとケアを目指す。
※女性セブン2025年7月31日・8月7日号