「希望を持って自分らしく暮らし続ける」認知症基本法で示された“新しい認知症観” 日常生活の充実は治療にも効果的 サポートする側は「自尊心を傷つけないような行動」が重要

家族が認知症になったら──これは決して他人事ではなく、どのようなケアが最適か家族で話し合うことは重要だ。そんな家族会議は“いつか自分が認知症になったとき”のためにもなる。誰もが認知症になりうる時代、どのようにして認知症と向き合っていけばいいのか──。【全3回の第3回。第1回を読む】
認知症への「新しい観点」が示された
2024年1月、認知症の人が尊厳を保持しつつ希望を持って暮らせる社会の実現を目指すため「認知症基本法(共生社会の実現を推進するための認知症基本法)」が施行された。認知症になったら何もできなくなるのではなく、認知症になってからも、一人ひとりができることや、やりたいことがあり、住み慣れた地域で仲間等とつながりながら、希望を持って自分らしく暮らし続けることができるという「新しい認知症観」が示されたのだ。アルツクリニック東京院長の新井平伊さんが解説する。
「ポイントは悪くなることばかり考えていると治療によくないということ。どうやって人生を楽しんでいくか、例えば旅行を計画して家族で行くなど日常生活を充実させることが、認知症の進行予防の治療においても効果的です」
WHO(世界保健機関)が推奨する、認知機能低下と認知症予防の対策でも、身体活動や社会活動は重要度が高い項目となっている(別掲表参照)。
大切な人が認知症になっても前向きに向き合うことで、自分らしく生きることにつながる。それは自分自身が発症しても同じだ。川崎幸クリニック院長で社会医療法人財団石心会理事長を務める杉山孝博さんは、こう話す。
「認知症の人が持っている能力を周囲が認めて、足りないところを誰かがさりげなく補うことで、認知症の人でも安心して暮らせる社会になります。
例えば味付けを失敗するようになったからと、料理することを取り上げるのではなく、味付けを失敗しないようにそこだけ手助けをする。健常者であっても失敗するから最初からやらせない、という態度を取られると嫌ですよね。認知症の人も当然プライドはあるので、同じように尊重して接するべきです」

デイサービス民の家代表の伊丹純子さんは「できた、喜んでもらえたと実感したとき、認知症の人の表情は明るくなる」と言う。
「かつてタイル職人だった利用者さんは認知症とうつでいつも『死にたい』と話していました。あるときタイル屋さんからタイルのかけらをもらってきて看板を作ってほしい、教えてほしいと伝えました。最初のうちはできないと言っていましたが、タイルを広げると急に生き生きと制作を始め、数日かけて素晴らしいものを完成させたんです。その日以降はうそのように明るさが戻って、率先してなんでもやる人になりました。
認知症だからできないと思ってしまうと、人は生きる気持ちが失われてしまいます。ですが、できるんだと認識したとき、人はまた生き生きと人生の花を咲かせるように活動的になれるのです」(伊丹さん・以下同)
家族会議の記録が会話の糸口になる
サポートをする際も舞台の黒子に徹して、本人の自尊心を傷つけないよう行動することが大切だという。
「衣類を山のようにしてしまい、何も支度できないと自信をなくし、片方の靴下しか履けていないかたの場合は、もう片方はここに用意されていたんですね、とさりげなく出して伝える。自分で支度していたんだと思えて、自信を取り戻すことができます。
同じ服ばかり着て、着替えを嫌がる人にも、こちらの服も似合いそうですね、と提案する形で誘導するといいでしょう」
そうすることで自尊心が満たされて、昔のように行動して希望を口にすることができるようになる。
「入所者のなかで自分の希望を口にできる人は多くて3割ぐらいです。他人に希望を素直に伝えることは健常者でも難しい。入所者は家族が自分のことで困っていることを感じ取っていますから、余計に言い出しにくいものです。
ですが親しくなっていくと息子と暮らしたい、好きなものに囲まれて暮らしたい、とだんだん話してくれるようになります」
希望を伝えられないケースでは思い出ノートや、家族会議の内容も大事な手がかりになる。そうした情報が認知症の人との会話の糸口となったり、今後の介護の指針となるからだ。
一方で、「現実では認知症患者がやりたいことを何でもやらせてあげることはできないので、対処法などもちゃんと知っておくべき」と、認知症の母親を20年にわたり介護してきたタレントの岩佐まりは続ける。
「私の母が夜中の3時に“家に帰ります〟と言い出したことがあります。見当識障害によるものですが、行ってらっしゃいと送り出すわけにもいかないので、一緒に出掛けてファミリーレストランで一服して、そろそろ帰ろうかと家に戻りました。
頭ごなしに否定すると、反発してストレスとなり周辺症状(BPSD)と呼ばれる暴言や暴力、徘徊などの問題行動が出やすくなる。だからこそ自尊心を傷つけない声かけと、安全を考えた冷静な対処が重要になるのだと学びました」
日本ではようやく、認知症への新しい視点が提示されるようになってきたが、欧米では認知症ケアが進んでいる国もある。そうした実践例を家族と共に学ぶことで、最期まで自分らしく生きるための方法が見えてくることもあるだろう。
健康なうちから家族会議で将来の話を続けていくことが、認知症になってからも自分らしく暮らせることにつながる。今年のお盆はぜひ家族で集まって、話し合いの機会を持ってほしい。

(了。第1回から読む)
※女性セブン2025年8月14日号