
「月に約6万9000円」は、令和7年度の満額の基礎年金額だ。これだけでは「老後資金」としてはあまりに不充分だろう。厚生年金があれば、平均額では女性約10万3000円、男性約16万5000円になるが、それでもまだ「ゆとりある老後」を送るには心許ない。公的年金を増やすには、受給を遅らせる「繰り下げ」が最善だとされているが、繰り下げている間に亡くなってしまえば、もらえるはずのものがもらえなくなるというリスクもある。では、「繰り上げ」という選択肢はどうなのか──。
繰り下げと繰り上げの「損益分岐点」
繰り下げすぎると早死してもらい損なうなどのデメリットがある一方で、受給開始を早める「繰り上げ」は、1か月早めるごとに0.4%ずつ受給額が減額される。しかし、早く受け取り始めることで、受給総額は多くなる可能性もある。繰り下げと繰り上げの「損益分岐点」について、社会保険労務士の井戸美枝さんが言う。
「年齢や厚生年金の加入期間が同じ場合、公的年金の損益分岐点は決まっています。繰り下げは受給開始から11年11か月後、繰り上げは20年10か月後が分岐点となります」

例えば、75才まで繰り下げると86才11か月よりも長生きしなければ損。一方で60才からに繰り上げると80才10か月以上まで生きると原則の受給の場合の受給総額に追い抜かれ、損となってしまう。繰り下げ受給には「早死にリスク」が、繰り上げ受給には「長生きリスク」があるのだ。
ただし、女性でも男性でも、すぐさま繰り上げた方がいいケースもあると、「年金博士」ことブレイン社会保険労務士法人代表の北村庄吾さんは言う。
「持病などの健康不安がある人や、貯蓄が少なく収入がない人、配偶者との離婚を考えている人などは、長生きリスクを考えている余地はありません。いますぐ生活を安定させるため、年金を繰り上げて安定した収入を得ることを優先してください」
妻は繰り下げ、夫は繰り上げ
また、手取りベースで考えれば、繰り上げることで年金が減ると、税金と社会保険料を減らすことにもつながる。ファイナンシャルプランナーの服部貞昭さんが言う。
「例えば60才まで繰り上げた人は、87才くらいまではお得な可能性もあります」(服部さん・以下同)
平均寿命が女性87.13才、男性81.09才であることから考えても、妻の年金は繰り下げ、夫の年金は繰り上げる方が“取りっぱぐれ”がなさそうだ。

繰り上げ・繰り下げは「基礎年金のみ」「厚生年金のみ」「両方」の3つの選択肢があり、夫婦でそれぞれ選ぶことができる。
「自身が65才以上で、65才未満の妻がいる男性は加給年金をもらいそびれないために、厚生年金は繰り下げすぎないよう注意。その代わり、加給年金の対象外となる基礎年金は69才まで繰り下げるのがおすすめです。
一方の女性は68才頃まで繰り下げても、平均寿命的に損はありません」
繰り下げ待機中は「5年前」までならさかのぼって一括請求することができるが、一度請求したら、その後の変更やキャンセルは不可能。
北村さんは、年金を「人生最後のギャンブル」だと言う。長生きするのは自分か、夫か、ふたりともか。後悔のない決断をしたい。
※女性セブン2025年9月11日号