《年金繰り下げに潜むリスク》「夫の厚生年金」を繰り下げた結果、「加給年金」をもらい損ねる可能性 年金を増やした分だけ税金と社会保険料が上がり、手取りが増えないことも

令和7年度の満額の基礎年金額は「月に約6万9000円」。これだけでは「老後資金」としてはあまりに不充分だろう。厚生年金があれば、平均額では女性約10万3000円、男性約16万5000円になるが、それでもまだ「ゆとりある老後」を送るには心許ない。だからこそ、公的年金を増やすには受給を遅らせる「繰り下げ」が最善だと喧伝され、それは年金受給の“常識”のようにすらなっている。だが、そこには意外な罠が隠されているのだ。
夫が年上の場合、夫の厚生年金を繰り下げると「加給年金」がもらえない
充分な貯蓄がなくても、できるだけ長く働きながら年金を繰り下げれば、生活を維持しながら将来の受給額を増やすことも可能。一方、年金を受け取りながら働くと、場合によってはせっかく増やした年金が減らされてしまう可能性もある。年金と給与の合計が月51万円を超えると、超えた分の年金がカットされる「在職老齢年金」という仕組みがある。社会保険労務士の井戸美枝さん言う。
「2022年時点の厚労省のデータでは、働きながら年金をもらっているのは約308万人。そのうち、在職老齢年金による年金停止者は16%にあたる約50万人、6人に1人でした」(井戸さん・以下同)

2026年4月からは、支給停止調整額が62万円に引き上げられるので、これによって在職老齢年金の該当者はいまより少なくなるとされる。該当する可能性は来年からは下がるが、だからといって「夫の厚生年金」を繰り下げると、年金の“家族手当”をもらいそびれるかもしれない。厚生年金には、65才以上の受給者に年下の配偶者がいる場合、その配偶者が65才に達するまでの間、年間41万5900円の「加給年金」が上乗せされる。妻が65才未満で、夫が年上の場合、夫の厚生年金を繰り下げると、これが受け取れなくなるのだ。
「夫の厚生年金が月15万円とすると、75才まで繰り下げても27.6万円となり、12.6万円しか増えない。
加給年金は年約42万円なので、仮に夫婦が5才差なら、繰り下げることでトータルで210万円以上の加給年金を受け取れないことになり、これは繰り下げ受給による増額ではなかなか賄えません」
繰り下げで額を増やすと税金も増える
そもそも、年金を繰り下げて受給額を増やしても、手取りがそのまま増えるとは限らない。ファイナンシャルプランナーの服部貞昭さんが言う。
「例えば75才まで繰り下げて額面が84%増えたとしても、増えた分だけ所得税と社会保険料が上がります。その結果、手取り金額は期待外れになることもあるでしょう」
公的老齢年金は「雑所得」として課税対象になるため、住民税は現役世代と同じ約10%。繰り下げて受給額が増えるほど、多くの税金を納めることになる。さらに、医療や介護の自己負担割合が増える可能性もある。「年金博士」ことブレイン社会保険労務士法人代表の北村庄吾さんが言う。

「医療費の自己負担割合は所得基準で決められます。年収200万円未満なら1割ですが、それ以上で383万円までは2割、年収383万円以上で単身者なら、現役世代と同じ3割負担。
生活をやりくりしながら年金を繰り下げて受給額を増やすほど、負担を強いられる可能性が上がることになります」
もっとも、年金収入には48万円の基礎控除と110万円の公的年金控除があるため、それらを合わせた158万円までの受給額には税金がかからない。
「厚生年金には住民税がかかりますが、国民年金しか受け取らない場合、満額を75才まで繰り下げても約153万円なので、税金はかかりません。自分の国民年金と夫の遺族年金だけを受け取るなら、税金の心配はないでしょう。ただし、遺族年金や未支給年金などは“本来の65才受給開始時の金額”で計算されるため、いくら繰り下げても増えることはないので要注意」(井戸さん)

※女性セブン2025年9月11日号