健康・医療

研究が進む“病気と遺伝の関係” AIを駆使して膨大な遺伝子をフル解析すれば、高血圧や糖尿病など生活習慣病のリスクが把握できる未来も 

最新の研究では病気のなりやすさも遺伝によって把握できる(写真/PIXTA)
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容姿や体形、外見にとどまらず、性格や学力、嗜好など私たちの「個性」とされるものは生まれた時点で、ある程度定められている。それは遺伝によるもので、両親や祖父母、遡れば何世代も前から脈々と受け継がれているものだ。最新の研究では、病気のなりやすさも遺伝によって把握できるようになってきている。しかし一方で、個性は決して遺伝だけで形成されるものではない。医学と科学が解き明かした遺伝の新常識をたどる。【全3回の第1回】

人間の体はおよそ37兆個もの細胞でできている。その細胞の一つひとつに細胞核があり、そのなかに“生命の設計図”である遺伝子情報を担う染色体が存在する。そして、設計図である遺伝子情報は卵子と精子を介して、親から子供へと継承される──。

人類がこうした遺伝の仕組みを解明したのは、いまからわずか160年ほど前のこと。19世紀に遺伝学の始祖であるメンデルが生み出した「メンデルの法則」は、生物の形質が親から子にどのように伝わるかについていくつもの謎を解明した。

それは科学や医学などの分野に飛躍的な進化をもたらした一方、「足が速いのはお父さん譲りだね」「手先が器用なところはお母さんに似たね」というポジティブな評価から、「なんでこの子は親に似て頭がよくないのか」「変なところばかり似ちゃったなぁ」というネガティブな評価まで、親と子の類似点はすべて遺伝が原因であるかのように語られる。

だが本当にそうなのだろうか。体質、体格、性格、嗜好、得意なことや不得意なこと……。はたしてそれらすべてが遺伝の影響によるといえるのだろうか。

最新医学と科学で、遺伝の「真実」を解き明かしていこう。

AIの登場でゲノム解析が加速、遺伝の謎が解明されつつある

近年、大きく注目されているのが、病気と遺伝の関係だ。メンデルの遺伝学によれば、私たちは両親から半分ずつ遺伝情報を受け継ぐ。その際、“病気になりやすい遺伝子”を受け継げば、遺伝性疾患を発症する可能性が高くなる。

では、あらゆる病気のリスクは“もって生まれたもの”なのか。日本人の死因トップであり、2人に1人がかかるといわれるがんは、部位によっても異なるが、親から子に受け継がれる「遺伝性のがん(遺伝性腫瘍)」はがん全体の5〜10%といわれる。こうしたがんのなかには、原因となる遺伝子が特定されているものがある。生物学者の池田清彦さんが注目するのは大腸がんだ。

「遺伝性のポリポーシス大腸がんはAPCというがん抑制遺伝子の変異で起きるもので遺伝すればほぼ100%発症し、予防のために大腸をすべて摘出することがあります。また、MLH1、MSH2、MSH6、PMS2という4種類のがん抑制遺伝子のいずれかが引き起こすリンチ症候群はポリープができない大腸がんで、こちらも遺伝すると発症する確率が高い」(池田さん・以下同)

女性の場合、BRCA1、BRCA2という遺伝子があると遺伝性の乳がん、卵巣がんの発症リスクが40〜50%高まるとされる。過去にはBRCA1の変異が見つかった米女優のアンジェリーナ・ジョリーが、がん発症の予防のため両乳房を切除して話題を呼んだ。

BRCA1、BRCA2の遺伝子があっても発症率は100%ではないが、発症した際の悪性度は高くなる傾向がある。

「30代で発症する乳がんは悪性度が高い遺伝性腫瘍が多く、がんを抑制できず亡くなることが多い。一方、50代を過ぎてから発症する乳がんは遺伝性ではないことがほとんどで、手術や放射線治療を施せば死に至らないケースが目立ちます」

日本人女性に最も多いがんである乳がんは5~10%が遺伝性だという(写真/PIXTA)
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遺伝する病気はがんだけではない。代表例が30〜50代で発症することが多いハンチントン病だ。

「小脳の機能が悪化して、自分の意思に反して手足や顔面をピクつかせたり動かしてしまうようになり、認知機能障害や抑うつなどの精神症状をきたします。治療法が確立されていない難病で片方の親がこの疾患を持ち、もう片方が持たない場合、子供には50%の確率で遺伝します」

生活習慣病と遺伝の関係も研究が進んでいる。東京大学名誉教授で理学博士の石浦章一さんが語る。

「いま世界で最もホットな話題は、高血圧、糖尿病、肥満の3つを全ゲノム解析で遺伝子診断すること。これらの生活習慣病にはそれぞれ100以上の遺伝子が関係していることが明らかになりつつあります」

これまでの研究で、日本人の2型糖尿病にはKCNQ1という遺伝子が強く関連し、インスリンの分泌を抑制することがわかっている。両親が2型糖尿病患者の場合、子供が2型糖尿病を発症する確率は40〜50%との報告もある。

高血圧にも遺伝的要因があり、両親とも高血圧の場合、子供が高血圧を発症する確率は約50%で、両親のどちらかが高血圧なら約30%とされる。肥満においては、約3割が遺伝的要因との研究もある。

もちろん、遺伝的要因に加え、過食や運動不足、喫煙など“生活習慣病になりやすい環境”の影響も大きく、発症予防には生活習慣の改善が欠かせない。

だが今後、遺伝子研究は生活習慣病予防に、より役立つはずと石浦さんが語る。

「多遺伝子リスクスコア解析と言って、将来的にはAIを駆使して膨大な数の遺伝子をフル解析し、どういった組み合わせが高血圧や糖尿病、肥満などのリスクを増すのか把握できるようになるでしょう」

すでに家族性高コレステロール血症は特定の遺伝子の変異が原因であることが判明し、遺伝子診断により発症リスクを予測することができるという。今後はこうした対応が可能な病気が増えていきそうだ。

予備軍を含めると推定患者1000万人超ともいわれる認知症では、家族性アルツハイマー病が遺伝する。

「アルツハイマー型認知症は脳内にたんぱく質の一種であるアミロイドβが蓄積することが原因と考えられ、アミロイドβの前駆体をつくるAPPという遺伝子に異常があるとほぼ100%家族性アルツハイマー病を発症します」(池田さん)

ただし、遺伝性の認知症が占める割合は圧倒的に少ない。

「家族性アルツハイマー病は若年で発症するケースが多いものの、日本のアルツハイマー型認知症に占める割合は1%ほどと非常にまれです。例えば、祖父と父が認知症になった場合は遺伝によると考えられがちですが、実は家族性ではなく生活習慣が悪かったのかもしれません。遺伝で先天的に認知症になるより、生活習慣など後天的な要因で発症するケースが圧倒的に多いのです」(石浦さん)

ほとんどの認知症は遺伝によるものではなく、環境的な要因から発症することを知っておきたい。

各年代までに乳がんを発症する確率
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(第2回に続く)

※女性セブン2025年9月18日号

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