《遺伝の謎》「年齢が上がるとともに遺伝の影響が強くなる」理由とは…“成長課程で初めて影響を与える遺伝子”が存在、遺伝的素質が環境の選択や経験に影響することも
同じ遺伝子を持つ双子でも環境によって性格も人生も変わる
遺伝の影響を調べる代表的な方法に「双生児研究」がある。同じ遺伝子を持つ一卵性双生児と、半分程度の遺伝情報を共有する二卵性双生児を比較して、遺伝と環境の影響を探るものだ。
2015年に学術誌「ネイチャー・ジェネティクス」が世界の双子研究に関する包括的レビューを行った結果、平均すると、本人の特性や疾患に遺伝と環境がそれぞれ影響を及ぼす可能性は同じ程度だった。東京大学名誉教授で理学博士の石浦章一さんが語る。
「双子を小学校の違うクラスに入れたら性格が変わったことが知られています。遺伝子が同じでも、環境によって人生はいかようにも変わります」
生物学者の池田清彦さんも「遺伝という“運命”に対抗することは可能です」と語る。
「がんなど特定の遺伝子がもたらす重篤な疾患の場合、丁寧に病気を避ける食事や習慣を続けると、同じ遺伝子を持っている人の平均よりも長く生きられるはずです。それに、生活習慣病や精神疾患は遺伝と環境の双方がもたらすので、生活習慣を改善すれば発症を止められる可能性があります。脳腸相関を考えれば、腸を整えれば脳の調子もよくなるでしょう」(池田さん)
遺伝性の病気は必ず発症するわけではなく、日常生活におけるストレスが引き金となるケースが少なくない。ストレスを避けて穏やかな日常を心がけることも発症予防に有効だろう。

石浦さんは「遺伝子情報をアドバンテージに変えることもできます」と語る。
「例えば、APOE4という遺伝子を持つ人は持たない人より10倍ほどアルツハイマー病になりやすいとされます。こうした遺伝子を持つ人は、あらかじめ運動に励んで飲酒やたばこを控えて食生活にも気を使えば、アルツハイマー病の発症を遅らせる可能性が高くなる。リスクの高い遺伝子がいるとわかっているからこそ先に手を打って、リスクを回避すればいいんです」(石浦さん)
山形さんは、「遺伝環境相関」を賢く利用したアプローチを提唱する。
「例えば遺伝的にうつ病になりやすい人が家に引きこもりやすいという遺伝環境相関がある場合、この引きこもるという環境がさらに抑うつ傾向を高める可能性があります。そして、遺伝率はこのような遺伝が環境を介して与える影響も含んだ数値です。したがって本人や周囲が、引きこもりになりにくい状況を作って遺伝環境相関の悪循環を断ち切ることができれば、遺伝率の数値以上にうつ病へのなりやすさをコントロールできるかもしれません」(山形さん)
最も避けたいのは「どうせ遺伝だから」とあきらめることだ。これまでみてきた通り、遺伝の影響は小さくはないが、すべてを決定づけるほど圧倒的でもない。
「世の中にはおしゃべりな人も寡黙な人も、器用な人も不器用な人もいます。その違いは遺伝と環境が組み合わさって形づくられます。天才も“普通”の人も、単一の遺伝要因では決定されません。大切なのは与えられた遺伝的素質と出会った環境をどう生かすか。そこにこそ人間の成長や選択の余地、未来を切り開く可能性があるのではないでしょうか」(高橋さん)
遺伝子解析による病気予防や“腸遺伝”という新たなメカニズムの発見など、遺伝学は大きな可能性を秘めている。
遺伝にとらわれず、「新常識」を上手に活用すれば、より充実した人生を送れるはずだ。

※女性セブン2025年9月18日号