アマゾンにもキンドルにもない「リアル体験」を書店で経験する
近年は活字離れも加速している。出版科学研究所によれば、日本の紙の出版物の売り上げは、1996年の2.7兆円から2022年には1.1兆円にまで減少。ネットやSNSの普及も相まって、文化庁の2023年度調査では「月に1冊も本を読まない人」が全体の6割を超えた。
危機的状況といえるかもしれないが、東京都台東区で「ひるねこBOOKS」を経営する小張隆さんは、「書店離れと活字離れは分けて考えるべき」と語る。
「若い世代は学校での朝読などを通じて本に触れる機会が多く、“本は楽しい”という気持ちを大人になっても持ってもらえるよう、書店や作家が中心になって盛り上げればいいんです。紙の本の売り上げが今後も減ることは間違いありませんが、最近は『独立系書店』と呼ばれる個人経営の書店も増えています。書店離れを悲観ばかりするような状況ではないと思います」
書店の可能性を信じているのは二村さんも同じ。ネット書店や電子書籍の攻勢に見舞われて不安を感じていた2011年、彼女は歌手の松任谷由実のこんなコメントを偶然耳にした。
「もうCDは全然売れないけどファンはコンサートに来てくれるから、コンサートの回数を増やします」

二村さんが振り返る。
「音楽業界でファンがリアルな体験を求めていることを知り、書店でも作家と読者が執筆にかけた思いや読後の感想などを語り合う場を作れば、みんな興味を持って来てくれるのではと思いました。
そんな集いはアマゾンにもキンドルにも絶対にできないと思って、2011年から隆祥館で『作家と読者の集い』というイベントを始めました」
それは、作家と読者が直接語り合う場。最初の頃は来場したお客さんが「本はいらん。話だけでええねん」と本を買ってくれなかった。
しかし回を重ねるうちに、「今日の話はすごくよかったから本もらっとくわ」と言って、イベント後に本を買ってくれるお客さんが現れた。二村さんが語る。
「本に多くの価値と魅力があることをお客さんに伝えたくてイベントを始めたので、本を買ってもらったときはすごくうれしかった」
月1回開催する「作家と読者の集い」には、ファンが増え好評を博していたが2015年に危機が訪れる。創業者である二村さんの父が亡くなり、兄弟から「赤字になったら本屋をたたんでもらう」と宣告されたのだ。

書店を残したいという父の願いを知っていた二村さんは「なぜ自分は本屋をやりたいのか」を三日三晩にわたって考えた。
「そのとき、やっぱり私は本を通じて作家や読者とつながりたいから、本屋を続けたいんだと強く思いました。本屋はただ本を売る場所ではなく、面白さをお客様と共有したり、人生が変わるくらいの作品との出会いをつくる場所。作家と読者の橋渡しの空間でもあることを多くの人に知ってもらいたかった。
だから多いときは月9回もお店でイベントを開催して何とか黒字経営にして、隆祥館を存続させました」
父の死から10年が経った現在、「作家と読者の集い」はすっかり定着し、月2〜3回のペースで開催される。いまでは編集者が発表前の原稿を二村さんに送ってきて、「ぜひこの著者のイベントを」とお願いすることも珍しくないという。
隆祥館書店の取り組みはイベントだけではない。コロナを機に、二村さんは店に来られないお客さんの好みや状況に合わせて、店の本棚から1万円分のおすすめ書を選んで郵送する「1万円選書」を始めた。
「例えば両親の介護で大変な人には救いとなるような本を選びました。すると申し込みが殺到し、1回目は500人を超えました。1年に1回ですが、直近の7回目も200人ほど申し込みがありました」
アイディア次第でお客さんとの関係を深められることを、大阪の小さな書店の挑戦が教えてくれる。
(後編に続く)
※女性セブン2025年11月6日号