
少し動くだけで疲れたり、物忘れがひどくなったり、誰でも年を取れば、体も脳も衰えるのは自然なこと。だが一方で、もし「物忘れはあるのに体は元気」なら、むしろ注意が必要かもしれない。筋肉と脳は意外なところでつながっており、筋肉を鍛えることで、脳を若返らせることができる。
* * *
突然だが、あなたは「もも上げ」ができるだろうか。
もも上げといっても、座ったままたった10秒、行うだけだ。いすに浅く腰掛けて背筋を伸ばし、片脚ずつ太ももからつま先までが床と平行になるようまっすぐ伸ばし、10秒間キープしてみよう。
もし「まったく痛くない、これくらい楽勝」と感じるなら、あなたの認知機能は低下している恐れがある。
疲れ知らずは認知症のサイン
認知症予防・改善専門の運動療法士で総合能力研究所所長の本山輝幸さんは、「認知機能が低下している人は、もも上げをしても痛みや疲れを感じにくい傾向にある」と話す。
「もも上げをしているときの前ももの痛みを10段階評価したとき、健常な人なら5以上の痛みを感じます。一方0~3程度の軽い痛みしか感じなければ、認知症やMCI(軽度認知障害)の可能性が高いと言えます」
この理由は、認知機能の衰えと同時に、感覚神経が鈍っていくから。
「通常、筋肉を動かすと筋刺激という微弱な電気信号が生じ、感覚神経を通じて脳に届きます。これにより、脳は痛みや疲れを感知するのです。ところが、感覚神経が衰えると脳に情報が伝わりにくくなり、もも上げなどのキツい運動をしても、痛みや疲れを感じ取ることができなくなる。
認知症患者が長距離の徘徊をしてしまうのは、感覚神経が衰え、脳が疲れを感じなくなっているからなのです」(本山さん・以下同)
感覚神経が衰える最大の要因は体への負荷不足だと、本山さんは続ける。
「“重い”“キツい”“疲れた”という体の感覚は、感覚神経と脳をつなぐのに役立ちます。もともと認知機能に問題がなかった人でも、わずか2週間ほどの入院で認知症リスクが上がるのは、体を動かせないことが感覚神経に大きな影響を与えるからでしょう。現代人のように体にあまり負荷をかけない生活を続けていると、感覚神経は衰えます。
私が25年間研究を続けてきて言えるのは“日本人の5人に1人が、感覚神経が鈍くなっている”ということ。一度鈍くなると、ウオーキング程度の軽めの負荷では感覚神経の再構築は難しい。階段や坂の上り下りといった、負荷の強い運動が必要です」
事実、認知症患者は近代化の進んだ先進国に集中しており、体に負荷がかかるような伝統的な生活を続けている民族には、認知症患者はほぼいないことが、世界的な研究で判明している。
あなたの脳は大丈夫?「感覚神経10秒チェック」
【1】いすの背もたれを使わず浅く腰掛け、座面をつかむ。

【2】片脚ずつ、太ももからつま先までが床と平行になるように持ち上げ、太ももに意識を集中させて10秒間キープ。
筋肉を動かすことで脳と神経を“つなぎ直す”
負荷不足によって衰えた感覚神経の機能は、運動によって取り戻せる。その効果は、読書や会話よりも大きいと期待されている。
「必要なのは、定期的な筋肉への強い負荷。会話や読書は脳への間接的な刺激になりますが、脳に直接電気信号で刺激を与えられるのは、筋肉を物理的に動かすことだけです。筋肉をフル稼働させて感覚神経を鍛え直せば、再び脳へ刺激が届き、神経を“つなぎ直す”ことができる。MCIや認知症の初期段階なら、充分に改善が可能です」
そこで本山さんが推奨するのが、無理なく行える「30秒スクワット」だ。
「3秒に1回、30秒で計10回行うのが目安ですが、回数にこだわる必要はありません。漫然と何回もこなすよりも、全神経を筋肉に集中して行う10回の方が、脳への刺激ははるかに強い。
もし10回行った後も体力に余裕があれば20回まで増やしてもいいですが、感覚神経が鈍っている人ほど疲れを感じにくいため、回数の増やしすぎには注意してください。つらければ、腰を浅めに落としましょう」
頻度は、筋肉痛にならない程度に2日に1回~週1回でOK。特に意識すべきは太ももの表側と裏側、そして内ももだ。
「裏ももは、歩くときに体を前に進める推進力を生む筋肉。ここを意識してスクワットをすることで、脳への刺激が高まります。ひざや股関節に不安がある場合は無理をせず、お尻を突き出したポーズのまま10秒間キープするだけでも効果が期待できます」
本山さんの指導でこのスクワットを行った人は、MCIの初期段階であれば2、3か月続けることで感覚神経に改善が見られたという。
「初期のMCIの人なら、このスクワットによる感覚神経の改善率は100%と言ってもいいほどの効果が出ています。
ただし、効果を最大に引き出すため、生活習慣の見直しも同時に行ってください。ストレスをためるとコルチゾールというホルモンが過剰分泌され、これが海馬を萎縮させると考えられています。また、睡眠不足だとアルツハイマー型認知症の原因物質の1つであるアミロイドβが脳にたまりやすくなる。できるだけストレスをためず、最低でも7時間の睡眠を確保したいものです」
若く健康な脳を取り戻すには、大きな筋肉を刺激すること。
「太ももなど、動かす筋肉が大きいほど脳に届く筋刺激も大きくなり、活性が促され、機能が向上します」
今日からチャレンジして、筋肉にも脳にも刺激を与えよう。
脳まで鍛える「30秒スクワット」
【1】肩幅の1.5倍(60cm以上をめざす)の幅に足を開き、つま先を45度外側に向けて立つ。

【2】ひざと股関節を曲げ、真下に20cmほど腰を落とす。

【3】完全に立ち上がらないよう、10cmほど上に戻る。30秒間で10回をめざし、【2】、【3】を繰り返す。
※女性セブン2026年3月5日号