
林家ペー(84才)といえば、妻・パー子(77才)と揃ってピンクの衣装に身を包み、カメラを片手に共演者を撮影しまくっている──そんなイメージを持つ人が多いだろうが昨秋、意外なことで脚光を浴びた。それは自宅からの失火……。このとき夫婦を支えたひとりが、かつてのマネジャーであり、本誌・女性セブンで『いつも心にさざ波を!』を連載する「オバ記者」こと野原広子さん(69才)。
5月29日に発売された、林家ペー初の自伝『ヨレヨレ人生漫談』(小学館新書)では、ペーの波瀾万丈の人生をオバ記者が聞き取ってまとめており、昨秋の失火とその裏話についても赤裸々に記されている。失敗や挫折を笑いに変えて活躍するペーに、オバ記者が「令和を快活に生き抜くヒント」を聞いた。【前後編の後編】
10年分の喜怒哀楽を3か月で味わった
2025年9月19日、ペー・パー子の自宅マンションから失火。原因は漏電だ。この火災により、住む場所はもちろん、撮りためた写真や大切な愛猫まで失った。パー子が無事だったのは不幸中の幸いだが、ショックのせいか難聴を悪化させた。加えて、火災保険に入っていなかったため、周辺住宅への補償も担うことになる。
オバ記者(以下、オバ)「火災の連絡を受けて私はすぐ、ペーさんの自宅があった東京・赤羽に向かい、何通ものメールを送って返信を待ちました。何か手伝えることはないかと思って……。でも、その日は連絡なし。そもそもペーさんは、メールが得意じゃなかったからね。会えたのは翌々日。見たことがないくらい憔悴していました」
林家ペー(以下、ぺー)「人ってショックが大きいと何も考えられないの。出番が決まっていた寄席にはかろうじて出ていたけれど……。本来だったら、火事のせいで迷惑をこうむった人たちにどうおわびをするか考えなきゃいけないのに、『何でこんなことが起きたんだろう』って、頭の中はそればっかり」

オバ「そうね、当事者なのに人ごとのような感じで……。放っておけないから、ペーさんを上野恩賜公園の噴水広場に誘い出して、今後のことについて話し合うことにしたの。あそこなら大きな声で話しても周りに聞こえないし。私はこのとき、2人のフォローをしようって、覚悟が決まっていた」
ぺー「本当にありがとうね。あのときはメンタルがいちばん落ちているときだったから、野原さんがなぐさめてくれてうれしかったし、心が安らいだ。いまでも上野に行くとあなたを思い出しますよ」
オバ記者は、心を同じくする仲間やペーさんと一緒にマンションの理事会に出席。被害に遭った1軒1軒におわびし、補償の交渉をするなど、約3か月かけて事後処理にあたった。
ぺー「野原さんだけじゃなくて、林家たい平師匠をはじめ、たくさんの人に助けてもらってさ。街行く人なんかも、『がんばって』って温かい声をかけてくれるの。中には見舞金をポケットにねじ込んでくる人もいてね。ここまで人のやさしさに触れたことは初めて。火事から3か月で、どん底の気分と申し訳ない気持ちと、ありがたい気持ち‥‥10年分の喜怒哀楽を味わいました」