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《死ぬまで出られなかった》杉良太郎ハンセン病療養所で知った「患者への差別」に絶句「国の犯した罪を理解してもらいたい」

静岡の療養所を訪れた(右から前田、杉、伍代)
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6月23日には、東京都の「多磨全生園」(東村山市)を慰問。杉と共に伍代や瀬川瑛子もステージへ上がり、『金木犀』(伍代)や『命くれない』(瀬川)などヒット曲で会場を魅了した。続く杉は『すきま風』を歌いながら、客席に、ある人を探していた。

実は開演前、園内で杉は森元美代治さんの元を訪れていた。森元さんは入所者の立場から人権回復を訴え続け、ハンセン病患者の救援にあたったマザー・テレサと面会するなど、国内外で啓蒙に励んできた。杉の『すきま風』が大好きという森元さん。この日のために練習もし、「すごい元気な声だ!」と杉を驚かせるほど高らかに歌いあげた。

生きてさえいれば“やさしさ”に“ほほえみ”に“しあわせ”に巡りあえる。サビで声を合わせると、杉の目も潤んだ。心を通わせた二人は、コンサートでまた一緒に歌おうと約束していたのだ。会場で森元さんは杉と共に口ずさんでいた。

全生園には「国立ハンセン病資料館」が隣接している。江戸時代から現代までハンセン病の患者を取り巻く環境、日本全国の療養所の歴史を体系的に学ぶことができる施設で、杉はこちらへも自ら足を運んだ。

療養所の展示室では衣食住から死まで多岐にわたり展示され、「入所すると服や持ち物を取り上げられ、消毒液を混ぜたお風呂に入らなくてはならなかった」「逃走を防ぐためにお金は取り上げられ、療養所でしか使えない『園内通用券』に換金させられた」と職員が杉に解説をした。

12畳に8人で暮らす男性用長屋の再現展示もあった。15才から刑務所慰問を続ける杉は「刑務所の雑居房が満杯のときと同じ。刑務所なら刑期が決まっていて出られるのに、ハンセン病療養所からは死ぬまで出られなかったんだ」と、やるせない表情で呟いた。

資料館からは全生園の桜並木が見える。入所者が苗木を植えた桜には、「地域の人が、全生園へお花見をしに来てくれますように」という思いが込められているという。また、静岡県の駿河療養所にも同様に桜の木が植えられており、「自分たちがいなくなっても、この桜を見て思い出してほしい」との祈りが託されていた。隔離によって自由や尊厳を奪われながらも社会とのつながりを強く求める、入所者の切実な願いが伝わってくる。

去り際に杉は全生園の納骨堂と並ぶ「尊厳回復の碑」に歩み寄り、合掌した。

「社会から隔絶され、患者の皆さんは言葉で言い尽くせない想いを抱えて生きてこられた。その無念さを私たちは決して忘れてはいけない。彼らの想いを、国の犯した罪を、差別や偏見が消えないこの世の中で少しでも理解してもらいたい」

杉はさらなる決意で全国慰問を続けていく――。