骨壷でもセンターは譲れない?
わが家では4年前に年子の弟が亡くなり、その翌年には父親。で、今回は母ちゃんだから短期間のうちに3つのお骨を見ている。比べてどうこういう話ではないけれど、弟が言った「お見それしました、か?」にみんなうなずいたっけ。
それだけじゃない。わが町では葬儀の当日に埋葬まですることが多いんだけど、ここでも「主役は私」と母ちゃんは頑張ったの。係の人が這いつくばって墓の石をずらして、骨壷を入れてくれるんだけど、「入らないから古いお骨は下の段に移動させますね」と言うのよ。下の段があるなんて知らなかった私は、「あ、お願いします」と言って彼の手元を見ていたら、係の人は当たり前のように4年前に亡くなった年子の弟、父親と同じ柄の骨壷2つを少し後ろにずらして、母ちゃんのを真ん中にすえたのよ。
おばあちゃん子だった姪のS子は、「ああ~、センターは譲れないって、さすがおばちゃんだわ」と言った後、茨城弁で参ったという意味の「いや、どおーも」と付け加えたから、あははとみんな大笑いよ。
介護をした理由に「負い目」も?
母ちゃんを見送っている家族は、泣くどころかまったく気持ちに曇りがない。それは母ちゃんがそのキャラクターのまま最後まで生ききったからだけど、私は私で介護という、自分なりの手順を踏んで見送ったからだと、ちょっとだけ胸を張ったりしてね。
ちょっとだけというのは、私にも負い目があって、あれこれバアさまの弱みにつけ込んでは、ゆすり、たかりを何度か。しかもその原因は20年に及ぶギャンブル依存症にあった、なんてことは誰にも言っていない。それで最後くらいは寝起きを一緒にして帳消しにしたいという、まあ、なんとも浅ましいコンタンがあっての介護だったんだけどね。
それにしても仏教行事って大したもん。気持ちの一区切りとちょうどリンクしているのよ。
たとえば三十五日の法要は、あの世にいった母ちゃんがこれから剣の山を超えるためにお経を詠んでもらう儀式なの。そのために杖に草鞋をくくりつけて奉納する。その草鞋の裏には山越えをするときに滑らないように、餡を塗りつけるのが決まりなんだって。